ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 息苦しい。
 でも今はこれでいい。これ以上は考えたくもなかった。

 山間に近い県境を通過し、いくつもトンネルをくぐり、電車の車窓から覗く景色とは違ったそれをぼうっと眺める。
 時刻は午後四時を回っていて、辺りは薄暗かった。このところぐっと短くなった日の長さに、改めて季節の移り変わりを肌で感じ取る。

「……あんたにはまだ話してなかったけど」
「はい?」
「あいつ、もうひとつ余計なこと言っただろ。長谷川商事のパーティーのとき」

 あいつ、という呼称が菅野さんを指していると気づくまで少し時間がかかった。〝もうひとつの余計なこと〟の正体にも首を傾げてしまう。
 溜息交じりに口を開いた沓澤課長は、なぜか傷ついた顔をして見えた。

「継がないかもしれないって話は、血縁を理由に会社を継ぐことを了承してないっていうだけだ」

 沓澤課長の父親である沓澤社長は、息子を含めた家族からの助言により、ネット販売へ新規参入する意思を固めた経緯があるという。それ以来、社長は当時高校生だった沓澤課長の発案やセンスに一目置くようになったらしい。
 対する沓澤課長は、大学を卒業した後に社長に声をかけられながらも大学院へ進学を決め、その後一般枠で入社したそうだ。
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