ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


 三日後、木曜。
 沓澤課長は、明日からの出張に合わせて午後から休暇を取っていた。

 ひとりで帰宅する機会は一時期よりは増えていたし、果歩に声をかけてそのまま夕食へ出かけることもある。けれど今日、果歩は捕まらなかった。
 残業する必要もなく、定時で退社する。沓澤課長の昇進以来、以前よりもさらに残業時間は減っていた。私だけでなく、営業課に属しているスタッフはほぼ全員がそうだ。課内に加え、営業部全体の残業率が大きく見直された結果らしい。

 ぼんやりと階段を下り、最後の一段を過ぎたそのとき、不意に背後から声がかかった。

「ねぇ。那須野さん、だったわよね?」

 こんばんは、と続いたキーの高い声には聞き覚えがあった。
 俯けていた顔を上げた先には、薄手のコートを羽織った小柄な女性の姿が見えた。

 息を呑む。
 菅野杏奈――あのパーティーの夜、挑戦的な視線で私を射抜いてきた美女の突然の登場に、私は反射的に固まってしまう。
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