ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 こんなところで泣きそうになるなんて、みっともない。
 それでも、滲む涙を自分の意思で止めることはできそうにない。
 途方に暮れかけた、そのときだった。

「ふふ、馬鹿な男。全然伝わってないじゃない」

 嘲りの滲む笑い声に、はっと正面へ向き直る。
 一瞬、それが自分に向けられた声かと思ってひやりとしたけれど、彼女ははっきり〝男〟と言った。露骨な呆れの浮かんだ顔を見て、ようやく私は、菅野さんが沓澤課長のことをそう評しているのだと気づく。

 テーブルに崩れ落ちたシューの破片へ、不意に自分が重なって見えた。
 菅野さんの目にはどう見えているだろう。残骸じみたそれに、なにかを、誰かを、彼女は重ねて見ているだろうか。

 残ったコーヒーを、菅野さんはストローを使わず豪快に飲み干した。意外な所作に呆気に取られた私を見てふふんと悪戯っぽく笑った菅野さんは、思いのほか楽しそうだ。
 新たな一面に見えたそれこそが、もしかしたらこの人の本質なのかもしれないと、なんとなく思う。

「時間、わざわざ取ってくれてありがとう。気が晴れたかもしれない」
「……はい」
「ふふ。優しいのね」

 私も残りのコーヒーを飲み干し、ふたり一緒に店を出た。
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