ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 キーボードの上で固まったきりの自分の指を無理に動かそうとした、そのときだった。
 重ねるように長い指がそこへ触れ、ぴしりと全身が強張る。露骨に震えた私の指に、沓澤課長が気づかないわけはなかった。息苦しさがいよいよひどくなっていく。

「っ、あの……」
「体調でも悪いのか?」
「そ、そんなことは」

 放してくださいと言いたいにもかかわらず、喉が詰まったように声を出せなくなる。
 どうしてこんなことをするのかと、今こそ毅然と尋ねるべきで、それなのにむしろ私は自分から指を絡めてしまいそうだ。
 指に触れていた彼の手が、不意に私の顔へ動いた。頬に伸びてきた長い指がほんのり冷たく感じられ、けれど間を置かず、自分の顔こそが茹だっているのだと気づかされる。

「熱、あるんじゃねえの?」
「……放してもらえたら、元に戻るかと」
「へぇ。那須野の顔が赤いのは俺のせいってこと?」

 しどろもどろに返した声へ、今度は悪戯めいた言い方で返される。
 例えば今、私が「セクハラですよ」と叫べば、その瞬間にすべてが終わる。終わってほしいことも終わってほしくないことも、全部。
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