ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 沓澤代理は「どうぞ」と顎で私のバッグを示している。
 私のスマホだとしっかりバレている。ここからごまかすことはまず不可能な上に、かかってきたのは電話のようで、バイブ音はなかなか止まらない。
 仕方なく、私はバッグに手を突っ込んだ。

 ポケットから端末を取り出し、表示を見て、思わず天を仰いだ。
 ……小山雄平。頼むから、今だけは空気を読んでいただきたかった。

 ポーカーフェイスは得意ではない。分かりやすく天井を見上げた私に、真正面から私を観察している沓澤代理が気づかないはずはない。
 にやりといかにも悪そうな笑みを浮かべた彼は、端末を手に硬直したきりの私から、すっとそれを取り上げてしまう。

「ちょっと、なにするんですか!?」
「いいから貸せ。どうせさっきの奴だろ」

 ぐ、と息が詰まる。ここですぐ「違います」とはったりをかませない自分が残念でならない。
 毅然とした態度を取りたいときほど動揺が先走る。
 しかも、今の相手は普段とは顔色――いや、もはや人格を変えた上司だ。臨機応変、柔軟、どちらの対応も私には到底無理だ。

 返してくださいって、ちゃんと言わないと。
 せめて声をあげなければと口を開きかけた矢先、沓澤代理は通話に応じてしまった。
 無論、私と目を合わせたままで。
< 20 / 242 >

この作品をシェア

pagetop