ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


「那須野さん」

 木曜、午前十時。
 こっそりとフロアから抜け出した先の給湯室で、急須に指を伸ばしたそのとき、不意に背後から声がかかった。

 ぎくりとして振り返ると、そこには三浦さんがいた。
 給湯室の出入り口はドアや引き戸で遮られていないから、隠れることもできない。サボりがバレたかと肝を冷やして、私は咄嗟に「すみません」と呟いた。
 対する三浦さんは、違う違う、と笑いながら手をひらひらと振っている。そしておもむろに背後の通路をきょろきょろと眺めた後、声のトーンをぐっと落とした。

「あのさ。ちょっとプライベートなこと、訊いてもいい?」

 思わず眉が寄ってしまう。
 三浦さんにその手の話題に踏み込まれたことは、今まで一度もなかった。私の顔を見た三浦さんはわずかに怯んだ素振りを見せつつも、意外にも彼は引かなかった。

 空気を読むのが上手な人だと常々感じていた分、不快に感じるよりも先、よほどきちんと確認しておきたいことなのかもと思う。

 急須に触れていた指を放し、私もまた彼へ向き直る。
 沈黙をもって続きを促すと、三浦さんは意を決したように口を開いた。
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