ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


 午後六時。
 連絡は、まだ来ない。

 午後、途中から沓澤課長は席にいなかった。
 彼のデスクを眺める限りでは、まだ帰社していないらしい。外せない用が入ったのかもしれないけれど、もやもやした気分になる。

 一旦帰り、連絡が来てからもう一度外出しようかと思う。残務も所用もないのにいつまでも職場に残っているのは、なかなかに居心地が悪い。
 ロッカールームで、沓澤課長に『一旦帰ります』とメッセージを入れる。少々待ってみた程度では既読表示は現れず、やはり忙しいのかもしれないと諦めた。でも。

 エントランスを抜け、外に一歩足を踏み出したところで、不意に背後から声がかかった。

「ゆず」

 期待していた声ではなかった。
 むしろ、できれば今後も私への接触を避けていてほしかった人の声だった。
 無視して去るわけにもいかず、私は憂鬱な気分で後ろへ向き直る。

「久しぶり。今帰り?」
「……うん」

 声の主は雄平だった。
 ぼうっとしていたせいか、「少し話せないか」と語る彼の声はどこか遠い。しかも言っている内容が沓澤課長のメッセージとものの見事に重なり、私は狐につままれたような気分になる。
< 210 / 242 >

この作品をシェア

pagetop