ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 一瞬、傷ついた顔に見えた。
 わずかな沈黙の後、雄平は「分かった」と小さく呟き、そのまま背を向けて去っていってしまった。

 後には私だけが残った。
 冬にはまだ遠い季節のはずが、吹き抜けた風に身を切られるような寒さと痛みを覚えてしまう。心臓が早鐘を打っている。息も震えて荒くなっている。

 ここまで真っ向から他人と向き合ったのは久しぶりだ。
 表面のみでやり過ごすことが大半だった分、重みが違って感じられる。自分が吐き出した言葉の重みと、もっと良い言い方があったのではないかという不安。そのふたつのせいで頭の奥がどくどくと脈打って、ひどく煩わしい。

 もう一度、深く息をつく。

 帰ろう。家に着く頃には、呼吸の乱れも心臓の痛みも元に戻っているはずだ。いつもの私に、戻れるはず。
 そうしたら、自分から沓澤課長に連絡してみればいい。今度は自分から。
 今ならそれができそうな気がして、苛立ちが少しだけ和らいで、今度はなんだか無性に寂しくなった。

 映画やドラマなら、こういうタイミングで好きな人が迎えにきてくれるんだろう。けれど現実にはまずあり得ない。
 この期に及んで、まだ私は甘えている。沓澤課長が来てくれるんじゃないかなんて、甘ったるい夢ばかり見て、馬鹿みたいだ。

 ――今までなら、馬鹿みたいだと思って、それで終わりだった。
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