ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 虚を突かれ、私は返事に詰まる。
 その隙をかいくぐられてしまったのか、沓澤代理はぐっと身を屈め、顔を覗き込んでくる。
 細められた両目は、見慣れた薄い笑みとは違い、心配そうに揺れていた。単にこの状況で私がそう思いたいからそう見えただけかもしれないけれど、そんなことより近い。近すぎる。困るくらい近い。

 不自然に見つめ合いながら、唐突に、終業時刻がとっくに過ぎていることを思い出した。

「かっ、帰ります! 失礼します!」

 声を張り上げ、私は給湯室の出入り口へ一気に足を進める。
 沓澤代理が通せんぼしているせいで絶対にくぐり抜けられないだろうと、ついさっきまで確かに思っていたはずなのに、想像よりずっと簡単に私はそこを抜けることができてしまった。

 この微妙な空間から、すぐさま立ち去れる位置に立っている。それが意外でもあり不思議でもあり、私は狐につままれたような気分になる。
 それ以上その感覚に惑わされたくなくて、振り返らずに立ち去ろうとしたとき、背中越しに声をかけられた。

「また言い寄られたら助けてやる。メリットの話、それでどうだ?」
「結構です。別に、そのぐらい自分で」
「へぇ、押しに弱い那須野さんが? 自分で? 今さっきあのザマだったくせに?」
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