ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


「結婚もいいよなぁ」

 うっとりとした呟きに、私は胡乱な視線を返す。
 しかし、動じた素振りなんてさっぱり見せない沓澤課長は、今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌だ。ひと月前まで、付き合ってもいないのに別れる別れないでさんざん揉めた私たちだけれど、その辺りのことはすでに彼の記憶には残っていないのかもしれない。

 普段よりもラフな私服姿と眼鏡と、遊ばせた毛先。こうして眺めると、どう考えても私には釣り合わないほどに格好いい人だなと改めて思う。
 オンのときとはまた違って見える魅力に、交際開始から一ヶ月が経過した今でも、気を抜くと瞬く間に囚われそうになる。蜜月らしいときめきに流されかけた意識を引き留め、私は小さくぼやいた。

「それはいくらなんでも早いんじゃないですか」
「いいじゃん。早いも遅いもそういうのってタイミングだろ、あと相性」

 土曜、午後。
 今日は午前中に外出デートと食事を済ませ、それから沓澤課長の自宅にお邪魔した。

 先ほど立ち寄った雑貨店で、お揃いのマグカップを購入した。彼が。
 私にも『このデザインでいいか』ときちんと確認してくれたから、特に異論はない。少し大きめの色違いのマグカップ――赤と青のそれに淹れたてのコーヒーを注ぐ沓澤課長は、なんとも嬉しそうだ。乙女なのかもしれない。
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