各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果
「各務課長の恋人になる人はきっと幸せですね」

 にこりと微笑んで言うと、課長が一瞬かすかに眉をひそめる。

「〝今〟、俺の恋人は君だろう?」
「あっ……」

 そうだった。まだ役の途中だった。まだ園田嬢がどこかで見ているかもしれないのに、うっかり忘れていた。

「それにさっきからずっと『課長』だ。なんて呼ぶんだったっけ?」

「……尊さん」

『よくできました』とばかりに、笑顔で頭をポンポンと撫でられた。

「そういう君は? あのとき何か訳ありのようだったけど」
「それは……」

 彼が言った『あのとき』というのは、きっと慎士との電話のことだ。

「俺でよかったら話を聞くよ? お世話になったお礼……をこれで済ませるつもりはないけれど、話せば少しは楽になるかもしれないからね」

 優しい声に、元カレとの別れ話を洗いざらい話したくなった。さっきお弁当を褒められたときに気持ちが楽になったのを思い出す。話せばきっと彼なら、優しく私を励ましてくれるに違いない。でも内容が内容だけに、園田嬢に聞かれたらまずい。

「どこかふたりきりになれる場所があればいいのに」
「それは、誘ってる?」

 切れ長の奥二重まぶたが細められる。瞳が怪しげに光った。心の声を無意識に口に出していたのだと気づき、大いに焦る。

「やっ、あのっ、そういう意味では――」
「いい場所がある。行こう」

 私の手を引いて立ち上がった彼は、そのまま歩きだした。
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