大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。

 医務室に着くと、先生はちょうど出ていくところだった。

「あ、先生。彼女、貧血のようで少し休ませたいんですけど」

 穂高が勝手に説明してしまう。

 先生は「あぁ、いいですよ。奥のベッド使ってください」とあっさり了承した。

 有無を言わせぬ勢いで、私はベッドに誘導され、布団をかけられた。

「で、でも仕事が……」
「パフォーマンスの上がらない状態で仕事をしても無意味だ。休んでから戻れ」

 きっぱりと言い切られて、胸の奥がズキッと痛んだ。

(無意味って、そんな。いや、事実だけど……)

 言葉を飲み込んでいると、穂高がふと思い出したように口を開いた。

「そういえば……」

(なに? 泣いてたこと言われる?)

 鋭い人だ。全部見抜かれる気がして怖い。
 でも穂高の口から出たのは、意外な言葉だった。

「姉さんにも飲ませた」
「……へ?」
「試作品。社長がちょうど本社に戻ってきてたからな。あれ、ほとんど社長が関わってたんだろう? だから、余計なお節介かと思ったけど渡したんだ。すごくいいって言ってた」

「……そう、だったんですね。余計なお節介なんて全然。私……瑞穂社長に飲んでほしかったから、すごく嬉しいです」

 胸が温かくなる。ほっとして、呼吸が少しだけ楽になった。

「社長のお墨付きが出たから、今日は落ち着くまで気にせず休め」
「あ……ありがとうございます。すみません」
「本当に大丈夫か?」
「ただ電車酔いしちゃっただけです……」

 口から咄嗟に出た言葉。嘘ではない。
 すると穂高は、少し私を見て口元に手を当てた。

「……あのさ」

 穂高は言いにくそうに視線を落とす。
 なんだか穂高らしくない。私はそのはっきりしない様子につい口を開いてしまった。

「なんですか、もうはっきり言ってください」
「これ、一応、今後の業務のためにも聞くだけ聞いておく。嫌なら答えなくていいからさ」

 その穂高の表情が、妙に困惑した感じだ。
 そして意を決したように口を開いた。

「妊娠とか……そういう可能性はある? もしそうなら、配慮したいし――」
「ま、まさか! そんなことあるはずないです!」

 反射的に強い声が出た。自分の声に自分が驚いたくらいだ。

 ……そう、結婚しているくせに、まったくありえない話だから余計につらい。
 結婚当初、匡輔は「早く子どもがほしい」と言っていたのに。行為はほとんどなくなり、すぐにまったくなくなった。

 今思えば、あの頃にはもう彼女と始まっていたのだろう。
 三か月も経たないうちに起きた急激な態度の変化も、今なら全部つながってしまう。

 ぼんやりしていると、微妙な穂高の表情が目に入った。
 私は慌てて手を振る。

「す、すみません! 妊娠は絶対ないです。ただ……本当に体調が悪かっただけで。ご心配おかけして申し訳ありません」

 布団を頭まで引き上げて、逃げるように言った。

「少し寝て、落ち着いたら戻ります……ありがとうございます」

 穂高は何か言いかけたようだったが、私が布団に潜ったのを見て考え直したようだ。

「……わかった。無理するなよ」

 そう言って、彼は静かに出ていった。
 扉が閉まる音を聞いて、私はようやく息を吐いた。

(そっか、幸せな夫婦なら、そういう心配があるんだよね)

 そんなの思いつきもしなかった自分が情けない。

 彼が事実を知ったらどう思うのだろう。
 ほら、結婚したってやっぱりそうだろうって、そう思う?

 私は彼には知られたくなくて、自分の結婚した責任は、自分だけで抱える決意をしていた。
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