辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
その夜遅く。
アズールティアの港は
ひっそりと静まり返っていた。

波の音だけが、暗闇に溶けている。

デクランは自らの船に乗り込み、
出航準備を確認した。

船の帆が風を孕み、ロープが軋む。
海の国の王子として育った彼にとって
船は“戦場であり、守るべき場所”だった。

「行こう」
その一言で、
船は静かに闇を切り裂き、
港を離れていった。

アズールティアの光が遠ざかる。
胸の奥で、小さな痛みが走った。

カーティスがそっと問いかける。
「怖いですか?」

「……少しだけね。
でも、あの人を失う方がもっと怖い」

デクランは夜風を受けながら、
空の彼方にいるファティマを想った。

彼女が涙しているかもしれないこと。
怯えているかもしれないこと。
孤独に耐えているかもしれないこと。

(ファティマ……待っていてくれ。
僕が必ず――君を救い出す)

船は星々の下、
アルドレイン王国へ向けて真っ直ぐに進んでいった。

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