身代わり王女は隣国の皇弟に囚われる
16
もはや何度目になるかもわからない、王国での調査。
王宮の周りで何か大規模な魔法が使われた痕跡を発見したものの、それ以外にめぼしい成果は得られず。どうしたものかと頭を悩ませるシルビオは、不意にポケットからハンカチを取り出した。シルビオのイニシャルが施された絹のハンカチは、先日エリシアの侍女から渡されたものだ。
臣下にエリシアとの婚約に苦言を呈された直後に渡されたので、会話を聞かれたのではないかと焦ったけれど。侍女の様子からすると杞憂だったようだ。今日の夜は会いに行けない、というシルビオが贈った簡素な手紙に対して、「無事を祈ります」とだけ書かれた手紙。相変わらず丸っこい字で書かれたそれを、ハンカチと一緒にしばらく見つめてしまった。
――早く帰って顔が見たい。
ふと、そんなことを考える自分に笑ってしまう。やっぱり、最近の自分はなんだか様子がおかしい。どうにかして正体を暴いてやろうと、そればかり考えていたのに。今ではその正体すらどうだっていいと思っているのだから、ずいぶんと絆されたものだ。断っておくが、エリシアと名乗る彼女のことは、今でも「エリシア王女」だとは思っていない。けれど、本物のエリシア王女を探し当てたところで、今の婚約を破棄するかと言われればそんなことはない気がする。
それを強く意識したのは、エリシアがハンカチを贈ってくれた日のこと。臣下にエリシアを非難されたときだ。エリシアに苦言を呈する臣下には娘がいる。シルビオを強く支持しているわけではないけれど、自分の娘を皇弟妃にはしたかったのだろう。以前から何かと娘の話を持ち出されるのをそれとなくかわし、結局婚約の話が持ち上がることすらなかったのだけれど。後ろ盾のない他国の王女からなら奪い取れるとでも思っているのか、往生際悪く何かと話を持ちかけてくる。馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑ってしまう。大陸制覇に乗り出すためにも、エリシアとの婚約が必要不可欠だと言うことがわかっていないのだろうか。
そこまで考えて、ふと気がついた。皇帝から命じられたのは、「エリシア王女」との婚約。明らかに偽物だとわかっているにも関わらず、婚約が進められているのを見る限り、きっと真偽は問わない。つまり、本物の「エリシア王女」が現れた場合、そちらに婚約者がすげ替わる可能性も十分にあるということだ。婚約当初の自分なら、別に気にしなかったと思う。皇弟として皇宮に召し上げられたからには、帝国の利益になる婚姻関係を結ぶことがシルビオの役目。そこにシルビオの感情は必要ない。婚約者が途中で変わったとしても、何も感じなかっただろう。
けれど、今は違う。たとえ彼女の正体が「エリシア王女」でないことが確定したとしても。本物の「エリシア王女」が目の前に現れたとしても。婚約者が変わることを受け入れられる気はしない。王命に従って婚約を続けるしか、シルビオに選択肢はないけれど。それでもどうにかして今の「エリシア王女」と婚約を継続できないか足掻くのだろう。いっそのこと、初対面からやり直して求婚したいとすら思っている。
そのためにも、まずは本物の「エリシア王女」を探し当てなければならない。帝国の村人と王国の貴族が行方不明になっていること、国王夫妻の不審死など、片付けなければならない問題は山積みなのだ。それらが解消しない限り、婚約を継続したいだなんだと言っている場合ではない。
調査という名目で王国に足を運ぶことで、王国民は徐々に帝国の統治を受け入れ始めている。王族や貴族と言った統治者がいない状況では、帝国に頼らざるを得ないのだろう。けれど、王家唯一の生き残りであるエリシア王女を求めていることは、様子を見ていればよくわかる。よくわからないまま帝国に乗っ取られるより、王女に治めてもらいたいと思うのは当然の真理だろう。おまけに、魔法を異様に信仰する王国なのだ、稀代の魔法使いに頼りたい気持ちもわかる。
だからこそ、エリシアを連れてくることはできない。髪の色が違い、魔力もない彼女はきっと、王国でも偽物だと疑われるだろう。エリシアが偽物だと糾弾されるのも面倒だけれどそれ以上に、それでもいいからと女王として擁立されることの方が面倒だ。国民のほとんどが魔法を使える国民に実権を握られ、新たな支配層が生まれたとしたら。今のように穏便に王国を吸収し、大陸制覇を成し遂げることは難しくなるだろう。それを皇帝であるライナスが危惧していることは、シルビオも流石にわかっていた。
問題を解決しなければならないけれど、いっそのことずっと見つからないで欲しい。矛盾した気持ちに苛まれているときだった。
「殿下」
「なんだ?」
声をかけてきたのは侍従のリオン。背後には、見知らぬ茶髪の女性がいる。王国民だろうかと訝しむシルビオに、「こちらはマリー殿。皇宮のエリシア様に手紙を届けて欲しいとのことです」と告げた。「手紙ぃ?」と胡乱げに返すシルビオに、リオンは手紙を差し出す。ためつすがめつしても、封筒には何も書かれていない。見知らぬ人物から婚約者に宛てられた手紙なのだ。警戒しないわけにはいかないが、勝手に開けるのも躊躇われる。
「王女との関係は?」
「じ、侍女をしておりました」
「侍女……」
おどおどとした様子のマリーとは、視線が合わない。何かに怯えているかのようで、シルビオたちに猜疑心を抱かさるには十分だった。そういえば、と俯く彼女の髪に目が行く。国民のほぼ全員が魔法を使えるキシュ国において、彼女のような濃い茶髪は珍しい部類だろう。白金の髪は神の加護を受けた証、というのはキシュ王国でだけ信じられている言説。帝国では眉唾だと一笑に付されているけれど、魔力を持つ者ほど髪の色素が薄い傾向にあるのは事実。黒髪のライナスに魔力がなく、金髪のシルビオに魔力があるのがいい例だ。
「マリー殿、帝国まで同行願えるか」
「えっ」
「エリシア王女は現在帝国の保護下にいる。異国の地で心細い彼女のために、来てもらいたい」
半分は建前で、半分は本音。彼女が仕えていたのが、果たしてどちらの「エリシア王女」なのか。それがわかれば数々の問題を解決する糸口になるだろう。もし何も知らないとしても、皇宮にいるエリシアの侍女なのだとすれば。異国で一人奮闘する彼女にとって、支えになりうるかもしれない。そう考えての提案、という名のほとんど命令のようなものだけれど。目の前のマリーは血相を変えた。
「いっ、いえっ! え、エリシア様にお渡しいただければそれでっ……!」
「あっ、おい!」
脱兎の如く駆け出すマリー。どう考えても怪しい行動は、疑ってくださいと言わんばかりだ。ここで見過ごすわけにはいかないだろう。「リオン!」と叫んだけれど、その前に優秀な侍従は動き出す。数分もしないうちに、マリーを捕らえた。逃走に魔法を使わなかったのを見るに、思った通り魔力はないようだ。
マリーを部下に引き渡すリオンを横目に、渡された手紙に目を遣る。ここまで怪しい人物だということがわかってしまえば、目を通さないわけにはいかない。罪悪感を押さえつけて、封を破る。広げた手紙の書き出しを見て、シルビオは固まった。戻ってきたリオンは、手紙を開いて固まったままのシルビオを見て何かを悟ったらしい。「手紙には何と?」と尋ねる声は硬い。無言で手紙を押し付けると、顔を顰めた。「手紙は、俺から渡す」と伝えると、「……御意」とだけ返ってくる。相変わらずできた侍従だ、と思った。
*
王国に帰りついたのは、深夜のことだった。
「お帰りなさい」
「た、だいま……」
シルビオを出迎えるエリシアに、驚きのあまり吃ってしまう。まさか起きていないだろうと思っていたのだ。「寝てるかと思ってた」と伝えると、「婚約者ですもの。たまにはお出迎えぐらいしないと」と微笑む。まだドレス姿の彼女は、湯浴みもせずに待ってくれていたらしい。「軽食の用意がありますが、どうなさいます?」と尋ねられ、「食べる」と即答した。今日は、部屋ではなく食堂で雑談を交わすことになるらしい。
食堂に着き、用意されたサンドイッチを黙々と食べる。空腹だったせいか、普段よりずっと美味しい。シルビオの傍、エリシアは自分で淹れたハーブティーを飲んでいる。シルビオも口をつけると、すっきりとした味わいが喉を通って胃を満たす。いつの間に上達したのか、味にムラがあるとは思わなくなった。疲れているシルビオを慮っているのか、エリシアの口数は少ない。初めて皇宮を案内したときは、沈黙に気まずさしか覚えなかったけれど。今の沈黙には居心地の良さすら覚えた。
無言のまま、サンドイッチを完食する。渡すなら今だろう、とポケットから取り出した手紙をエリシアに差し出した。「手紙?」と首を傾げるエリシアに、「王国で、マリーという女から渡された。お前の侍女をしていたそうだ」と尋ねると、表情が変わる。焦った様子で手紙を開け、目を通した瞬間。エリシアの表情が強張ったのを、シルビオは見逃さなかった。
「覚えはあるか?」
「はい……」
シルビオの質問に、呆けたように頷くエリシア。その姿を見て、彼女が「エリシア王女」でないことを確信した。シルビオとリオンが目配せし合っていることに気づかないエリシアは、「こ、これ。殿下は中を検めましたの?」と慌ててシルビオに尋ねる。
「いや? 個人に宛てた手紙を開けるほど無粋なことはしねえよ」
しれっと言い放つシルビオに、ホッとしたように息を吐く。相変わらず表情がわかりやすい上、可哀想なほどに根が善人。人を疑うということを知らないのだろうか。そういう面から鑑みても、彼女が「エリシア王女」であるはずがないのだ。
「あ、あの、殿下。王国での様子はどうでした? 教えてくださらない?」
「ああ」
便箋を封筒に戻し、わざとらしく明るい声を出すエリシア。違和感しかないその様子には気づかないふりをして、王国の様子を伝える。エリシアと名乗る彼女の正体を、暴かなければならない日は近い。
王宮の周りで何か大規模な魔法が使われた痕跡を発見したものの、それ以外にめぼしい成果は得られず。どうしたものかと頭を悩ませるシルビオは、不意にポケットからハンカチを取り出した。シルビオのイニシャルが施された絹のハンカチは、先日エリシアの侍女から渡されたものだ。
臣下にエリシアとの婚約に苦言を呈された直後に渡されたので、会話を聞かれたのではないかと焦ったけれど。侍女の様子からすると杞憂だったようだ。今日の夜は会いに行けない、というシルビオが贈った簡素な手紙に対して、「無事を祈ります」とだけ書かれた手紙。相変わらず丸っこい字で書かれたそれを、ハンカチと一緒にしばらく見つめてしまった。
――早く帰って顔が見たい。
ふと、そんなことを考える自分に笑ってしまう。やっぱり、最近の自分はなんだか様子がおかしい。どうにかして正体を暴いてやろうと、そればかり考えていたのに。今ではその正体すらどうだっていいと思っているのだから、ずいぶんと絆されたものだ。断っておくが、エリシアと名乗る彼女のことは、今でも「エリシア王女」だとは思っていない。けれど、本物のエリシア王女を探し当てたところで、今の婚約を破棄するかと言われればそんなことはない気がする。
それを強く意識したのは、エリシアがハンカチを贈ってくれた日のこと。臣下にエリシアを非難されたときだ。エリシアに苦言を呈する臣下には娘がいる。シルビオを強く支持しているわけではないけれど、自分の娘を皇弟妃にはしたかったのだろう。以前から何かと娘の話を持ち出されるのをそれとなくかわし、結局婚約の話が持ち上がることすらなかったのだけれど。後ろ盾のない他国の王女からなら奪い取れるとでも思っているのか、往生際悪く何かと話を持ちかけてくる。馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑ってしまう。大陸制覇に乗り出すためにも、エリシアとの婚約が必要不可欠だと言うことがわかっていないのだろうか。
そこまで考えて、ふと気がついた。皇帝から命じられたのは、「エリシア王女」との婚約。明らかに偽物だとわかっているにも関わらず、婚約が進められているのを見る限り、きっと真偽は問わない。つまり、本物の「エリシア王女」が現れた場合、そちらに婚約者がすげ替わる可能性も十分にあるということだ。婚約当初の自分なら、別に気にしなかったと思う。皇弟として皇宮に召し上げられたからには、帝国の利益になる婚姻関係を結ぶことがシルビオの役目。そこにシルビオの感情は必要ない。婚約者が途中で変わったとしても、何も感じなかっただろう。
けれど、今は違う。たとえ彼女の正体が「エリシア王女」でないことが確定したとしても。本物の「エリシア王女」が目の前に現れたとしても。婚約者が変わることを受け入れられる気はしない。王命に従って婚約を続けるしか、シルビオに選択肢はないけれど。それでもどうにかして今の「エリシア王女」と婚約を継続できないか足掻くのだろう。いっそのこと、初対面からやり直して求婚したいとすら思っている。
そのためにも、まずは本物の「エリシア王女」を探し当てなければならない。帝国の村人と王国の貴族が行方不明になっていること、国王夫妻の不審死など、片付けなければならない問題は山積みなのだ。それらが解消しない限り、婚約を継続したいだなんだと言っている場合ではない。
調査という名目で王国に足を運ぶことで、王国民は徐々に帝国の統治を受け入れ始めている。王族や貴族と言った統治者がいない状況では、帝国に頼らざるを得ないのだろう。けれど、王家唯一の生き残りであるエリシア王女を求めていることは、様子を見ていればよくわかる。よくわからないまま帝国に乗っ取られるより、王女に治めてもらいたいと思うのは当然の真理だろう。おまけに、魔法を異様に信仰する王国なのだ、稀代の魔法使いに頼りたい気持ちもわかる。
だからこそ、エリシアを連れてくることはできない。髪の色が違い、魔力もない彼女はきっと、王国でも偽物だと疑われるだろう。エリシアが偽物だと糾弾されるのも面倒だけれどそれ以上に、それでもいいからと女王として擁立されることの方が面倒だ。国民のほとんどが魔法を使える国民に実権を握られ、新たな支配層が生まれたとしたら。今のように穏便に王国を吸収し、大陸制覇を成し遂げることは難しくなるだろう。それを皇帝であるライナスが危惧していることは、シルビオも流石にわかっていた。
問題を解決しなければならないけれど、いっそのことずっと見つからないで欲しい。矛盾した気持ちに苛まれているときだった。
「殿下」
「なんだ?」
声をかけてきたのは侍従のリオン。背後には、見知らぬ茶髪の女性がいる。王国民だろうかと訝しむシルビオに、「こちらはマリー殿。皇宮のエリシア様に手紙を届けて欲しいとのことです」と告げた。「手紙ぃ?」と胡乱げに返すシルビオに、リオンは手紙を差し出す。ためつすがめつしても、封筒には何も書かれていない。見知らぬ人物から婚約者に宛てられた手紙なのだ。警戒しないわけにはいかないが、勝手に開けるのも躊躇われる。
「王女との関係は?」
「じ、侍女をしておりました」
「侍女……」
おどおどとした様子のマリーとは、視線が合わない。何かに怯えているかのようで、シルビオたちに猜疑心を抱かさるには十分だった。そういえば、と俯く彼女の髪に目が行く。国民のほぼ全員が魔法を使えるキシュ国において、彼女のような濃い茶髪は珍しい部類だろう。白金の髪は神の加護を受けた証、というのはキシュ王国でだけ信じられている言説。帝国では眉唾だと一笑に付されているけれど、魔力を持つ者ほど髪の色素が薄い傾向にあるのは事実。黒髪のライナスに魔力がなく、金髪のシルビオに魔力があるのがいい例だ。
「マリー殿、帝国まで同行願えるか」
「えっ」
「エリシア王女は現在帝国の保護下にいる。異国の地で心細い彼女のために、来てもらいたい」
半分は建前で、半分は本音。彼女が仕えていたのが、果たしてどちらの「エリシア王女」なのか。それがわかれば数々の問題を解決する糸口になるだろう。もし何も知らないとしても、皇宮にいるエリシアの侍女なのだとすれば。異国で一人奮闘する彼女にとって、支えになりうるかもしれない。そう考えての提案、という名のほとんど命令のようなものだけれど。目の前のマリーは血相を変えた。
「いっ、いえっ! え、エリシア様にお渡しいただければそれでっ……!」
「あっ、おい!」
脱兎の如く駆け出すマリー。どう考えても怪しい行動は、疑ってくださいと言わんばかりだ。ここで見過ごすわけにはいかないだろう。「リオン!」と叫んだけれど、その前に優秀な侍従は動き出す。数分もしないうちに、マリーを捕らえた。逃走に魔法を使わなかったのを見るに、思った通り魔力はないようだ。
マリーを部下に引き渡すリオンを横目に、渡された手紙に目を遣る。ここまで怪しい人物だということがわかってしまえば、目を通さないわけにはいかない。罪悪感を押さえつけて、封を破る。広げた手紙の書き出しを見て、シルビオは固まった。戻ってきたリオンは、手紙を開いて固まったままのシルビオを見て何かを悟ったらしい。「手紙には何と?」と尋ねる声は硬い。無言で手紙を押し付けると、顔を顰めた。「手紙は、俺から渡す」と伝えると、「……御意」とだけ返ってくる。相変わらずできた侍従だ、と思った。
*
王国に帰りついたのは、深夜のことだった。
「お帰りなさい」
「た、だいま……」
シルビオを出迎えるエリシアに、驚きのあまり吃ってしまう。まさか起きていないだろうと思っていたのだ。「寝てるかと思ってた」と伝えると、「婚約者ですもの。たまにはお出迎えぐらいしないと」と微笑む。まだドレス姿の彼女は、湯浴みもせずに待ってくれていたらしい。「軽食の用意がありますが、どうなさいます?」と尋ねられ、「食べる」と即答した。今日は、部屋ではなく食堂で雑談を交わすことになるらしい。
食堂に着き、用意されたサンドイッチを黙々と食べる。空腹だったせいか、普段よりずっと美味しい。シルビオの傍、エリシアは自分で淹れたハーブティーを飲んでいる。シルビオも口をつけると、すっきりとした味わいが喉を通って胃を満たす。いつの間に上達したのか、味にムラがあるとは思わなくなった。疲れているシルビオを慮っているのか、エリシアの口数は少ない。初めて皇宮を案内したときは、沈黙に気まずさしか覚えなかったけれど。今の沈黙には居心地の良さすら覚えた。
無言のまま、サンドイッチを完食する。渡すなら今だろう、とポケットから取り出した手紙をエリシアに差し出した。「手紙?」と首を傾げるエリシアに、「王国で、マリーという女から渡された。お前の侍女をしていたそうだ」と尋ねると、表情が変わる。焦った様子で手紙を開け、目を通した瞬間。エリシアの表情が強張ったのを、シルビオは見逃さなかった。
「覚えはあるか?」
「はい……」
シルビオの質問に、呆けたように頷くエリシア。その姿を見て、彼女が「エリシア王女」でないことを確信した。シルビオとリオンが目配せし合っていることに気づかないエリシアは、「こ、これ。殿下は中を検めましたの?」と慌ててシルビオに尋ねる。
「いや? 個人に宛てた手紙を開けるほど無粋なことはしねえよ」
しれっと言い放つシルビオに、ホッとしたように息を吐く。相変わらず表情がわかりやすい上、可哀想なほどに根が善人。人を疑うということを知らないのだろうか。そういう面から鑑みても、彼女が「エリシア王女」であるはずがないのだ。
「あ、あの、殿下。王国での様子はどうでした? 教えてくださらない?」
「ああ」
便箋を封筒に戻し、わざとらしく明るい声を出すエリシア。違和感しかないその様子には気づかないふりをして、王国の様子を伝える。エリシアと名乗る彼女の正体を、暴かなければならない日は近い。