身代わり王女は隣国の皇弟に囚われる

21

 簡素なベッドの上に、少女が二人座っている。

 面差しのよく似た二人が双子であることは、誰にとっても一目瞭然。けれど、見分けがつかないなんてことはない。髪の色が正反対だからだ。一人は陽の光に透けるような白金、もう一人は夜空に溶け込むような漆黒。白金の髪の少女は、ベッドに広げた焼き菓子をつまみつつ、漆黒の髪の少女に語って聞かせる。王国での出来事、両親とのやりとり、外の世界のこと。楽しそうに語られる内容を、足をパタつかせながら聞き入っていた少女は、次第に羨望を覚えた。

「いいなあ、エリシアは。私も外に出たい……」

 ぎゅう、とスカートの裾を握りしめ、消え入りそうな声で呟く。漆黒の髪の彼女――ネリアは、生まれてこの方一度も外に出たことはない。外に出ようとするとマリーに必死の形相で止められるし、彼女がいない隙を狙おうにも、外から厳重に鍵がかけられている。窓から出ることも考えたけれど、小さな窓は小柄なネリアでも通るのに一苦労だし、そもそも塔の高さを考えれば、落ちたらひとたまりもないだろう。

 色彩の狂った鏡を見ているかのように、自分と同じ顔立ちのエリシアを見つめる。エリシアとネリアは双子なのに、どうしてこうも違うのだろう。どうしてエリシアは外に出ることができるのに、ネリアは出られないのだろう。自問自答してみたけれど、その理由をネリアは嫌というほど知っていた。

「駄目よ。ネリアは魔法が使えないもの」

 嗜めるような口調で、エリシアが答えを言う。物心が付き、自分だけが外へ出られないことを知ってからと言うもの、何十回、何百回と言われてきたことだ。魔法を信仰する国において、魔力がないと言うことそれ自体が罪にも等しい。幼いネリアでも、十分にわかっている。いつもなら、「そうだよね」と引き下がることができたのだけれど。この日ばかりはできなかった。

「……もうやだ」
「ネリア?」
「どうして、どうしてエリシアは魔法が使えるのに、私は使えないの? どうして私は外に出ちゃ駄目なの?」
「どうしてって」
「もう、もうこんなところにいるのやだぁ……わ、私もエリシアと一緒がいい……」

 外に出られないことにネリアが癇癪を起こしたのは、後にも先にもこのときだけ。ぼたぼたと真っ白い頬に涙をこぼす、幼いネリア。部屋の隅で控えていたマリーが、「ネリア様! そ、そんなふうに泣かれてはエリシア様が困ってしまいますよ……!」とオロオロしているけれど、泣き止むことができない。次から次へと溢れる涙を拭っていると、エリシアがネリアの手を取った。「泣いちゃだめよ」とネリアの頬を伝う涙を拭う。

「あのね、ネリア。私とネリアの、二人でこの国の王女様なの」
「二人で……?」
「そう。私は塔の外からこの国を守るから、ネリアは塔の中から守ってちょうだい」

 エリシアの言っていることが無茶苦茶で馬鹿げていると、今なら理解できる。塔の中にいるだけのネリアに一体何ができると言うのか。けれど、幼いネリアにはそれがわからない。その後、十数年にも渡って、ネリアはその言葉をお守りのように縋り続けることになる。

 そのせいだろうか、直後に言われたことを今の今まで忘れてしまっていたのだ。

「安心して。いつか必ず、あなたが魔法を使えるようにしてみせるから」

 *

 ぼやけた視界の中、ネリアは目を覚ます。

 随分と鮮明に見ていたのがただの夢などではないことは、すぐに理解できた。バクバクと心臓の音がうるさい。幼いときのやり取りとはいえ、どうして忘れていたのだろうか。こんなに、大事なことなのに。

 寝起きの頭で考えていると、ドォンッ……と聖堂の外からけたたましい音が聞こえる。ハッと我に返り、体を起こそうとしたところで、全身が痛むことに気がついた。先ほど、エリシアに魔法をかけられた代償なのだろうか。ひどい運動をした翌日のように、全身の筋という筋が悲鳴を上げている。どうにかこうにか起き上がり、聖堂に並べられた長椅子につかまりながら入り口の方へと移動する。やっとの思いで扉に辿り着き、重たいそれを開くと、外の光に目が眩んだ。

 視界に飛び込んできたのは、土の塊――本で読んだことのあるそれは、おそらくゴーレムだ――が誰かを押さえつけている姿。ちらりと見える金髪は、見間違えるはずもない。シルビオのものだとすぐにわかり、心臓が一瞬止まった。あちこちで炎が飛び交い、聖堂の前は戦場と化している。今にもゴーレムがシルビオを殴りつけようとしている傍、見下ろすように佇んでいるのは他でもないエリシア。考える間もなく、気づけば声が出ていた。

「エリシアもうやめて!」

 ネリアの叫びにエリシアが振り向くのと同時に、見えない何かがエリシアに直撃する。不意打ちだったのか、避けることも構えることもできなかったらしい。エリシアは吹っ飛び、ゴーレムの動きと炎が止まる。動きの止まったゴーレムの下からなんとか這い出たシルビオは、その勢いのままエリシアに駆け寄る。あっ、と声を出す間もない。気づけば、「目標確保!」とシルビオが叫んでいた。戦場の動きが止まり、侍従のリオンがいち早く駆けつけて捕縛を手伝った。

 ずるずるとその場に座り込むネリア。まるで初めて鼓動を打ったように、心臓がバクバクとうるさい。今の、エリシアを吹っ飛ばしたものは一体何なのだろう。よくわからないけれど、自分が何かをしでかしたのだということだけはわかった。帝国兵に捕まるエリシアは、ぴくりとも動かない。気を失っているだけだろうか、それとも。ぐるぐると思考が渦巻き、気持ちが悪い。はっ、はっ、と呼吸が浅くなっていくのがわかる。上手く酸素を取り込めていないのか、徐々に視界が狭まっていく。

「おい、大丈夫か?」
「!」

 しゃがみ込んだシルビオが、目の前でひらひらと手を振る。いつの間に目の前にまで来ていたのだろう。全く気が付かなかった。「で、んか……」としゃがれた声で呼びかけると、「ああ」とだけ返された。昨日も顔を合わせたというのに、なんだか随分と久しぶりに感じる。

「……」
「……」

 最後に顔を合わせたときのことを、お互い思い出しているのだろうか。なんとなく気まずい沈黙が二人を包む。話さなければならないことはたくさんあるのに、喉でつっかえたかのように何も出てこない。視線をうろうろと彷徨わせていると、シルビオがボロボロであることに気がついた。土埃にまみれ、あちこちから血が滲んでいる。先ほどまでゴーレムに潰されていたのだ、それも当然だろう。「あ、あの」と話しかけようとしたときだった。「あいつに何をされた?」とシルビオが先に口火を切る。

「え……」
「さっきまで呼吸がおかしかったし、髪の色も変わってる。何があったんだ?」
「か、髪……?」

 髪の色が、変わっている? 一体どういうことなのだろうか、と恐る恐る一房握りしめる。目の前に持ってきたところで、息が止まった。色が、違う。見慣れた黒色ではなく、くすんだ灰色になっている。ひゅっと息を呑む。どうして、言われるまで気がつかなかったのだろう。冷たい何かを突き刺されたかのように、心臓が痛みを訴える。

「あ、あああ……」

 喉を呻きで震わせ、頭を抱えるネリア。どうして、色が変わってしまったのか。それはきっと、エリシアに魔力を与えられたから。どうして、エリシアはネリアに魔力を与えたのか。それはきっと、ネリアが。

 ――私が、外に出たいとエリシアに言ったから。

 幼いネリアが願ってしまったから、エリシアは他人に魔力を与える魔法を編み出した。そのせいで、大勢を巻き込み、両親は亡くなり、シルビオを傷つけた。全ては、ネリアが外に出たいと願ってしまったからだ。自分の犯した罪が、髪の色に表れているようだ。お腹の奥から途方もない罪悪感が湧き上がる。せっかくもう一度シルビオに会えたというのに、全てを話さなければならないというのに。謝らなければならないのに、合わせる顔もない。

 ――今すぐ、消えてなくなってしまいたい。

 そう願ったときだった。全身に熱が走ったかと思うと、瞬きのうちに視界に映る景色が変わる。

「え……」

 足に感じる感触が、土から硬い石床へと変わる。辺りを見回すと、十八年間見慣れた懐かしい景色――塔の部屋だった。
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