百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「……そういえば、元彼とはもう縁切れた?」
「はい。その節はありがとうございました。」
「また困ったことがあったらなんでも言って。」
「はい。」
先輩には、正二に慰謝料を請求する際、どのような文書を送ればいいのかという相談でお世話になった。
実際、正二に送りつけることはなかったけれど、先輩の事務所では離婚や結婚破棄に関わる文書も作成できるのだそう。
それが分かって気が晴れた私は、実行には移さなかったのだ。
「越名、昨日飲み会だった?」
「嘘?! 私、お酒臭いですか?!」
朝歯磨きもしたし、口臭ケアのタブレットも呑んだはず! いつも清潔感のある真木先輩の前で恥ずかしい!
「はい? そうじゃなくて、」
「ご、ごめんなさい!!」
エレベーターから走って逃げた。
すぐに化粧室で歯磨きをして、口臭タブレットを5錠呑んだ。
お昼間際。
社内ミーティングが終わった後、誰かさんに腕を引かれて強制的に連行される。
お財布も持たず、ただ外へと連行されて、気がつけば釜揚げパスタのお店で座らされていた。
最近私ったら百十一さんのペースに呑まれすぎ。
「……あれ。百十一さん、もしかしてこのお店から案件を依頼されてるのですか?」
「ああここ? すでに納品後ですけどなにか?」
百十一さんに見せつけられたスマホ画面には、SNS上に上げられたこのお店の広告が映っている。
インパクトのある筆字に赤い背景。他の投稿画面よりも断然目立っている。
「ここ、最近話題のお店ですよね。お洒落な洋風パスタではなく、気軽に入れる和風パスタのお店って感じが素敵ですよね。」
「話題性が出たの俺のおかげなんですけどね。」
「まあ、かなり目立つ広告なんで嫌でも目に入りますよね。」
前に戦略課で聞いたことがある。洗練されたデザインの広告よりも、あえて野暮ったいデザインにした方が売上がいいのだとか。
そういえば百十一さん、今日はめずらしくスーツを着ている。黒いジャケットの中は淡いモカ色のシャツで、サラリーマンにしてはお洒落すぎている。
タッチパネルで百十一さんが勝手に注文する中、私は冷たい水を飲み干して質問するタイミングを待った。
「それで、なぜ私はここに連れてこられたのでしょう?」
「昨日さあ、帰り、けっこういい雰囲気じゃなかった?」
「なにがです?」
「俺と越名。」
「そうでしたか?」
「かわいい発言した俺の勇気返せ。」
「……はい??」
かわいい発言? 百十一さんが、かわいい発言をしたってこと?
『打ち解けられてよかったね。』
あのことではないのだろうか。あれはかわいいよりも、優しい発言だったように思う。
「普通さあ、越名があそこで俺を引き止めて『まだ帰りたくないですぅ』とか言って一緒にホテル行く流れじゃん?」
「…………」
「あんな惨めな思いしたの、初めてなんだけど。」
あきれた。なんて自分勝手な人。。自分がモテるとでもいいたいの? ちょっとでもいい人だと思った私が馬鹿だった!
「ええと? じゃあ今日ここに私を呼んだのは、私に謝罪しろということですか?(怒」
「うん。ん? なんか違うけど、まあいいわ。あ、ちょっとそっち詰めて。」
壁際のソファに座る私の方へとやって来た百十一さん。なぜか横並びに座る。
「あの、真正面の方が謝りやすいんですけど。」
「もうそれはいいから。こうなったら越名の色気出す方法、無理矢理にでも伝授してやる。」
百十一さんの手が、私の太ももを撫でる。