百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
強行突破のようなやり口に、『ひぃっ』と顔が引きつりそうなところで彼の手をつねった。
「すいません! 水もらえますかー!」
百十一さんが店員さんを呼ぶ。彼のつねられた手が、するりと私の膝裏へと入ってきた。
「お待たせしましたー!」
袖を肩までまくった男性店員が、私のグラスにお水を注いでくれる。
涼し気なコポコポという音でも官能的に思えてしまうのは、私が欲求不満だとでもいうのだろうか。
百十一さんの一本指が、私の膝裏のくぼみをぐずぐずと深く入り込むように擦り続ける。
あまりの羞恥に私は硬直し、このまま爆発してしまいそうだった。
「ありがとう。」
「いえ。料理の方、もう少々お待ち下さい。」
男性店員に笑顔を向けられて、熱い顔のままお辞儀で返した。
「どう? 俺のテクすごくない?」
「…………」
「あの男性店員、1ミリくらいは越名のことエロい目でみたんじゃない?」
「…………」
「あーはいはい。ビンタ以外の攻撃ならなんでも受け止めてやるって。」
隣で百十一さんが両腕を大きく広げる。
どうしよう、殴りたいのに。怒りは感じているはずなのに。思ってもみなかった場所を攻められて、ドキドキが止まらない。
冷たいグラスに触れるのも忘れて、涙目でそっと百十一さんを見つめる。
「も、百十一さん……」
動悸を殺しているはずなのにぜんぜん治まらない。膝の裏だなんて、正二にも触られたことはなかった。
「越名……、やめて。今その目で見んの」
なぜか顔を反らされて、そのまま真向かいの席へと戻ってしまった百十一さん。自分から仕掛けておいて意味がわからない。
でも今は自分の方が最低だと思った。膝裏だけでこんな風になってしまう自分は……ち、痴女かもしれない! 恥ずかしい!
「……こほん。百十一さんて、以前はフリーランスでお仕事されてたんですよね?」
「何それ。誰情報?」
「うちの課長から聞きました。」
「ああー。うん、フリーのが自由だし稼げるかと思ったんだけど、“独りブラック企業化”したから大人しく雇用された。」
「BtoBの方がやりやすいですか?」
「うん。俺顧客を怒らすの得意だったから。戦略課を介した方がいいみたい。」
「……」
その後は仕事の話一本で、初めて百十一さんとまともな会話をした。
ガツンとくる二郎系の『強欲パスタ』を完食したところで、自分のニンニク臭さに気がついた。また歯磨きして口臭ケアしなきゃ。
スマートウォッチでさらりとお会計を済ませた百十一さんに、後からお金を返すことを約束した。
「すみません、まとめてお支払いいただいちゃって。」
「いいって。俺が勝手に連れてきたんだし。」
「でも昨日の飲み会でも多く出してもらったし、奢られるのは慣れていなくって……」
他意もなく伝えれば、百十一さんにあきれ顔で返される。
「元カレと比べられてんの俺?」
「え? いえ、そんなつもりは、」
「俺これから戦略課とクライアントに訪問なんだわ。一人で帰れる?」
「そうだったんですね。はい。」
早歩きで大通りを目指した百十一さん。今の様子じゃきっとお金は受け取ってもらえそうもない。
せめてもと、あわてて背中を追いかけた。
「百十一さん!」
「……は、なに?」
百十一さんの手を取って、大きな手のひらを器に、口臭ケアタブレットを8つ乗せる。
「百十一さん、おかしすぎますよ。クライアントに会う前にニンニク料理食べるなんて。ふふ。」
「…………」
「あれ? タブレット、嫌いでした?」
「いや。不意に打ちのめされただけ。」
「不意に?」
不思議な気持ちで見上げれば、あっという間に振り返って行ってしまった。