百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「そういえば真木先輩のお母さんは、企業の顧問弁護士なんですよね?」
「ああ、うん。地元の不動産業者だけどね。」
「お父さんは総合法律事務所と、行政書士事務所、両方の経営を兼任されてるんですよね? お兄さんもお父さんの会社に勤めているんですか?」
「いや。兄は、司法試験に受かって、別の法律事務所に引き抜かれたんだよ。」
「え? ってことは、弁護士さんですか?」
真木先輩の家系は法律関係に精通している。お父さんは、ひいお爺さんの代から引き継いだ総合事務所を経営しながら、行政書士事務所も経営しているのだ。
真木家は家族揃って法のスペシャリスト。
「越名、あのさあ。それってつまり、僕が落ちこぼれだって言いたいの?」
「え?」
真木先輩の表情が途端に曇る。繋いでいた手を離された。
「うちは父さんも母さんも、兄さんだって弁護士だよ。でも僕だけ今だ司法書士試験にすら受からない落ちこぼれなんだ。」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「なんか、せっかく温泉に来たってのに興ざめだよね。」
「あ、あの、先輩!」
うそ、怒ったの?
先輩がお店から出て行ってしまう。私もお店の人からお釣りを貰って、あわてて先輩の背中を追いかけた。
裏通りに入っていくのが見えた。さっき先輩に、『裏通りは絶対に1人で行かないようにね。』と言われたことを思い出し、一旦躊躇う。
スマホで先輩に電話をかけるも、留守番サービスに繋がってしまった。まさか、あれだけのことで怒るなんて。そんなに触れられたくなかったのだろうか?
そうだ。うちのように、真木先輩のうちも厳しいお父さんだと言っていたはず。きっと相当なプレッシャーの中で育ってきたのだろう。先輩にとってコンプレックスになっていたのかもしれない。
私のバカ! 先輩を傷つけてばかりじゃない!
迷っている暇はないと、裏通りへ入って行く。
一歩裏通りに入れば、賑やかな温泉街の雰囲気はない。昼間だというのに妙に薄暗い。
舗装されていないコンクリートを歩いていく。遠くの方から川の流れる音が聞こえてくる。
その音をたよりに、石の階段を下っていく。古びた民家が現れた。人が住んでいるのかいないのか。窓ガラスが割れた家もある。廃墟ともいえるかもしれない。
「お姉さん。観光客?」
「道に迷ったの?」
振り返ると、3人組の、若そうな男性たちが立っていた。短髪の刈り上げに、ダボダボのズボン。タバコを吸いながらスマホを弄っている。
「ええと、実は、人とはぐれてしまって。」
「へえ。彼氏?」
「あの。はい。そうです。」
「いいね。彼氏と2人で温泉ですか。」
「はい。ありがとうございます。」
腕に、入れ墨? タトゥーのような模様が入っている。パーカーをずり下げて着る風貌がいっそ清々しい。温泉街の地元住民とは、まるで未知との遭遇だった。
「そうか〜、彼氏とってことは、お姉さん、あんま金持ってない?」
「お金、ですか?」
「うん。俺らさあ、バイトクビんなったばっかで全然金ないんだよねえ。」
「お姉さん、3万ぐらい貸してくんない?」
3万、か。まさか旅行に来るとは思ってなかったから、そんなに現金は持ってないんだよね。
「すみません。私も今、持ち合わせがなくって。もし今お腹が空いているなら、一緒に行って私がクレジットでお支払いしますよ?」
「一緒にどっか行ってくれんの? やべえなこの女! どこの宗教信者だよ。」
「ほら言うでしょう? 『隣人は愛せ』と。」
「頼むわマジで! お姉さん、そんなんだから彼氏が逃げたんじゃない?」
彼らが面白そうに、お腹を抱えて笑い出す。「素っ裸で立ってても地蔵レベル」だの、意味不明なことを口走っている。
逃げた……? そう、なのかな。そうかもしれない。
真木先輩は、私のことを昔から知ってくれているから、こんな私でもいいのだと思っていたけれど。やっぱり、真木先輩も私の性格が嫌、なのかな。
急に泣きそうになってしまった。こんな時、百十一さんだったらなんて慰めてくれるだろう?
「お姉さんさあ、菩薩精神あるなら、とりあえず財布出してよ。そいで有り金全部ちょうだい?」
「正直、綺麗だから身体のお付き合いもお願いしようかと思ったけど、中身それじゃあ興ざめだわ〜。」
腎臓まんじゅうの袋を両手でギュッと握りしめる。自然と顔がうつむいた。コンクリートとコンクリートの間には所々、たんぽぽが生えている。
「おいぃい! さっさと出せや、財布っ!!」
男性がタバコを地面に落とし、ダンッと音を立てて踏み潰す。さすがに黙っては見ていられなかった。
「ああ、うん。地元の不動産業者だけどね。」
「お父さんは総合法律事務所と、行政書士事務所、両方の経営を兼任されてるんですよね? お兄さんもお父さんの会社に勤めているんですか?」
「いや。兄は、司法試験に受かって、別の法律事務所に引き抜かれたんだよ。」
「え? ってことは、弁護士さんですか?」
真木先輩の家系は法律関係に精通している。お父さんは、ひいお爺さんの代から引き継いだ総合事務所を経営しながら、行政書士事務所も経営しているのだ。
真木家は家族揃って法のスペシャリスト。
「越名、あのさあ。それってつまり、僕が落ちこぼれだって言いたいの?」
「え?」
真木先輩の表情が途端に曇る。繋いでいた手を離された。
「うちは父さんも母さんも、兄さんだって弁護士だよ。でも僕だけ今だ司法書士試験にすら受からない落ちこぼれなんだ。」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「なんか、せっかく温泉に来たってのに興ざめだよね。」
「あ、あの、先輩!」
うそ、怒ったの?
先輩がお店から出て行ってしまう。私もお店の人からお釣りを貰って、あわてて先輩の背中を追いかけた。
裏通りに入っていくのが見えた。さっき先輩に、『裏通りは絶対に1人で行かないようにね。』と言われたことを思い出し、一旦躊躇う。
スマホで先輩に電話をかけるも、留守番サービスに繋がってしまった。まさか、あれだけのことで怒るなんて。そんなに触れられたくなかったのだろうか?
そうだ。うちのように、真木先輩のうちも厳しいお父さんだと言っていたはず。きっと相当なプレッシャーの中で育ってきたのだろう。先輩にとってコンプレックスになっていたのかもしれない。
私のバカ! 先輩を傷つけてばかりじゃない!
迷っている暇はないと、裏通りへ入って行く。
一歩裏通りに入れば、賑やかな温泉街の雰囲気はない。昼間だというのに妙に薄暗い。
舗装されていないコンクリートを歩いていく。遠くの方から川の流れる音が聞こえてくる。
その音をたよりに、石の階段を下っていく。古びた民家が現れた。人が住んでいるのかいないのか。窓ガラスが割れた家もある。廃墟ともいえるかもしれない。
「お姉さん。観光客?」
「道に迷ったの?」
振り返ると、3人組の、若そうな男性たちが立っていた。短髪の刈り上げに、ダボダボのズボン。タバコを吸いながらスマホを弄っている。
「ええと、実は、人とはぐれてしまって。」
「へえ。彼氏?」
「あの。はい。そうです。」
「いいね。彼氏と2人で温泉ですか。」
「はい。ありがとうございます。」
腕に、入れ墨? タトゥーのような模様が入っている。パーカーをずり下げて着る風貌がいっそ清々しい。温泉街の地元住民とは、まるで未知との遭遇だった。
「そうか〜、彼氏とってことは、お姉さん、あんま金持ってない?」
「お金、ですか?」
「うん。俺らさあ、バイトクビんなったばっかで全然金ないんだよねえ。」
「お姉さん、3万ぐらい貸してくんない?」
3万、か。まさか旅行に来るとは思ってなかったから、そんなに現金は持ってないんだよね。
「すみません。私も今、持ち合わせがなくって。もし今お腹が空いているなら、一緒に行って私がクレジットでお支払いしますよ?」
「一緒にどっか行ってくれんの? やべえなこの女! どこの宗教信者だよ。」
「ほら言うでしょう? 『隣人は愛せ』と。」
「頼むわマジで! お姉さん、そんなんだから彼氏が逃げたんじゃない?」
彼らが面白そうに、お腹を抱えて笑い出す。「素っ裸で立ってても地蔵レベル」だの、意味不明なことを口走っている。
逃げた……? そう、なのかな。そうかもしれない。
真木先輩は、私のことを昔から知ってくれているから、こんな私でもいいのだと思っていたけれど。やっぱり、真木先輩も私の性格が嫌、なのかな。
急に泣きそうになってしまった。こんな時、百十一さんだったらなんて慰めてくれるだろう?
「お姉さんさあ、菩薩精神あるなら、とりあえず財布出してよ。そいで有り金全部ちょうだい?」
「正直、綺麗だから身体のお付き合いもお願いしようかと思ったけど、中身それじゃあ興ざめだわ〜。」
腎臓まんじゅうの袋を両手でギュッと握りしめる。自然と顔がうつむいた。コンクリートとコンクリートの間には所々、たんぽぽが生えている。
「おいぃい! さっさと出せや、財布っ!!」
男性がタバコを地面に落とし、ダンッと音を立てて踏み潰す。さすがに黙っては見ていられなかった。