百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「タバコの吸い殻、ちゃんと、おうちに持って帰って下さい!」

「はぁぁああ?!」

「マナーが悪いどころの騒ぎではありません! 立派な法令違反です!」

彼の足元にあるタバコの吸い殻を拾おうとする。でも大声で「このクソババあ!」と叫ばれた。つま先で頭を蹴られそうになる。

「―――っ!!」
「うわっッ」


 しゃがんで頭を抱えていれば、知らない男性に手を引かれる。

一瞬のことで何が起こったのかわからない。私を蹴ろうとしていた人は、なぜか後ろに倒れていた。

「おま、星志(ほし)じゃねえか!!」
「な、なんでここに?! たしか、東京の学校行ったって!」

何が起こったの?? 

私の手を引いてくれた男性は、黒いマスクをして黒いキャプを被った、若い男性だった。

「あーやだやだ。やだやだ、糞めんどくさいなー」


「わ、わかったから! 落ち着けって星志よお、頼むから!」
「そうだよ! ちょっと俺ら、調子こいてる観光客に痛い目合わせてやろうと思っただけでさあ!!」

『ホシ』と呼ばれた人が、小声でブツブツとなにやら独り言を口走っている。

耳をすませて聞いてみた。

「外から来た観光客に地元のガラの悪さ見せつけるとかここが発展途上と言われる要因だってのに。あーやだやだ、さっさとおうち帰りたい、早く帰ってセルフィーに会いにいきたい」
  
なんで。なんでそんなに小声なの?! もっと声を大にして言えばいいのに。

それでも私を匿うようにしてくれているあたり、きっと助けてくれようとしてくれているのだろう。 

「あの、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」

「重いなあー。『一生』とか糞重いしまだ助けてないってのに」      
  
ぶつくさ言いながら、彼ら3人にゆっくりと迫っていくホシさん。そこまで背は高くないのに、なんでか威圧感が凄い。それだけで3人が後退りしていく。

「俺らが悪かった!! もうカップル狩りとかやめるから!」
「頼むから、こっち来んなって!!」
「お前とやり合うとか、マジシャレんなんないから!!」   

3人が我先にと逃げて行く。それを見送って、しばらくするとホシさんが振り返った。

 「やっぱ、セルフィーに似てる……」 
       
「え?」

「それ、その顔。キョトンとしたとこ、セルフィーそっくり。」

「セ……。いえ、私はセルフィーではありません。越名和果と申します。」

そうだ、とショルダーバッグから名刺を取り出す。彼に渡せば、彼が少し面食らうようにつぶやいた。   
 
「ここ? ここで働いてるの、和果ちゃん。」

「あ、はい! そうです!」

「僕、名刺ない。」

「ええと、学生さん、ですか?」

「うん。専門学生さん。」

「あの、助けていただいて本当にありがとうございました!」     

彼の前でお辞儀をすれば、彼も軽く会釈をした。

「こちらこそ。僕の地元、守ろうとしてくれて、ありがとう、ございました。」

「? いえ、私はなにも、」

「タバコ、拾ってくれた。」
 
咄嗟にティッシュにくるんでバッグにしまったタバコの吸い殻を思い出す。ただ他人を不始末を片付けただけで、『守る』だなんて。
 
ちょっと、嬉しいな。

「あの、ホシさん、でよかったでしょうか?」

「うん。星に志で、ホシ」

「助けてもらって大変申し上げにくいのですが、人を殴るのは、駄目、ですよ?」

「殴ってない。足首つかんで、ただ持ち上げただけ」

「あ、ああ! そうでしたか! ごめんなさい、私ったら、確認もせず早とちりを!」
 
何度も頭を下げれば、ボソリと暗い声が頭の上に降ってきた。
 
「和果ちゃんて、糞めんどい生き物だね」

「え?! わたし、やっぱりめんどくさい女ですか?!」

「大丈夫。セルフィーも、糞めんどいけど、めちゃくちゃかわいいから」

「……」

「“めんどくさい”は、“愛しい”の裏返し。」    
               
私、けなされてる? それとも褒められてる?? 星志さんの表情が、ウンともスンとも動かず、どういった感情かが読めない。
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