百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
父さんは、僕が司法書士試験にすら合格できないことを自分のせいだと思いこんでいるらしい。いつからか見切りをつけたように僕に甘くなった。

今の行政書士事務所だって、行政書士どまりの僕のために起ち上げたようなものだ。僕の給料だって結局は全部父さんが稼いできたようなもの。僕に、代々受け継がれてきた法のスペシャリストとしてのプライドなんてものはない。

優秀な僕はどこにいってしまったのか―――。

 
 「せんぱい! 大丈夫ですか?!」

ふと目を開ければ、越名が見えた。なぜか心配そうに僕を見つめている。

「……あれ? こし、な?」

「先輩、温泉で倒れたそうで、二人の男性が部屋まで運んできてくれたんです!!」
     
え、そうなの?! そんなに僕、センチメンタルな域にのめり込んでた?!

「他の人がいたから良かったですけど、もし誰も大浴場にいなかったら、先輩、死んでたかもしれないんですよ?!」

「そう、なの? はは。」

「もうっ!! 先輩が運ばれてきた時、本当にわたし、どうしようかと思っちゃって」


越名が、大粒の涙を流し始める。ただ温泉でのぼせただけだってのに。この子、僕のために泣いてくれるのか。

何度泣かせればいいのだろう。僕は、やっぱり最低だ。 


 昨日の夕方、越名をわざと置き去りにした。男たちに囲まれて、困っている越名をしばらく傍観していた僕を、いっそ殺してくれと思った。

「せんぱい。お願いだから、私を、1人にしないでください」

ごめん……。置き去りにして。
         
「先輩まで死んじゃったら、わたし、きっと後を追っちゃいます。」


大げさだなあ。たかが温泉でのぼせたくらいで。なに言ってるんだよ? 馬鹿だな、勝手に死ぬこと前提にして、そこまで泣くとか―――

笑えるのを通りこして、かわいすぎだろう。
 
「ごめん……ね。和果……。」
 
頭はまだのぼせていた。
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