百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
星志がコーヒーまみれのテーブルを拭いてくれる。しかも濡れた資料はしっかりコピーまで取ってくれて。俺はなぜか手に持っていたプリッツをかじった。
 
なにが駄目だった? 俺、けっこうアプローチしてたよな? てかさ、抱いたじゃん? 抱いたよね?? 越名にカレシが出来たのってそれより後ってことだよな?

俺がセフレ扱いされてたら、越名のことこれからピンクの両生類って呼んでやる。

「でも、カレシって、なんなんだろう。ね。」
 
ふと星志がつぶやく。コイツ、童貞かな。
 
「そりゃあ、特別な人ってことじゃねえ?」

「そう、なの? でもね、和果、ちゃん、そのカレシに、いじめ、られてたよ」

「は?」

ウーパールーパーのぬいぐるみを大事そうに抱きしめる星志が、俺に訴えるような目で見た。

「あの、ね。和果ちゃん。地元の、不良に、絡まれてた、のに。カレシは、ただ遠くから、見てるだけで。助けようと、しなかった、の」 
 
「なんだよ。どういうことだよ?」

「僕、いじめ、られてた、からよくわかる。あれは、面白がってるように、見えた……」
 
“面白がってるように”?

「星志、そのカレシってやつ、どんな男だった?」  


 ――――帰り。
 
ほんとは星志を夕飯にでも連れて行ってやろうと思ってたけど。
 
“カレシ”の話を聞いたら居ても立ってもいられなくなった。
  
多分、というか絶対的に。あの真木という男はやべぇヤツだ。

「越名、おい越名、待てって!」

「わっ! 百十一さん?!」

駅に着く直前で、越名をつかまえた。まだ19時にもなってねえってのに、やたら早歩きで出てくもんだから、こっちも追いかけるのに必死だった。

「ちょっと駅裏のカフェでも行こうや。」

「も、百十一さんがカフェとかどういう風の吹き回しです?」

「うるせーって。いいから。行こう。」

無理矢理手を引けば、越名に手を離された。

ちょっとムカついた。きっと真木に見られたくないんだろう。
     
「あの。すみません。私今日は帰らないと。」

「なんで?」

「ええと、実家から荷物が届くので。」

「なら俺も越名んち行くわ。」

「だ、駄目です!」
     
強く突き放すような言い方。そんなに真木ってヤツに俺といるとこ見られたくない?
 
「カレシに悪いとか思ってる? でもお前、俺に『抱いて』とか言っちゃってんだけど、俺はセフレ扱いですか。」

「ち、違います!」

「じゃあなんでカレシなんて作ってんだよ?」
 
お前を抱けて嬉しいって思ってる俺の気持ちはどうなるんだよ? なあ越名。   

「百十一さんだって私のこと、変な女としてしかみてないじゃないですか!!」

「ああそうだよ? それじゃ不満?」

「だったら彼氏を作るのは私の勝手です! 詮索されたくありません! 百十一さんには、関係ないです!」  
 
俺を横切って、越名が通り過ぎていく。

駅の喧騒が消える。俺の堪忍袋の緒が切れた。


 ―――越名の鞄からバイブ音が鳴る。

―――越名がスマホを取り出す。電話に出る。

 
「ま、真木先輩……。」

―――でもすぐに越名からスマホを取り上げて、通話を切ってやる。

「ちょ、返して下さい!」

―――越名の手首を握りしめた。

―――力加減とか考える余裕はなかった。

「痛い、離して、」

パーキングまで来て、無理矢理自分の車に越名を詰めた。

星志を送ってやるつもりで車で来たってのに、これじゃただの誘拐だ。  

「ま、待って下さい!」
  
「どのツラ下げて『関係ない』とか言ってんだよ」
 
「な……」

「お前。ちょっと喋るな。」 

―――再び越名のスマホが鳴る。
 
―――でも画面も見ずに通話を切った。そのまま電源も落とした。
   
  
「あ、あの、わたしの、スマホ」    
 
「猫に盗まれたとでも言っとけ」

「……」
  
―――越名のスマホを自分のジャケットにしまう。 
 
俺がどれだけお前に入れ込んでるか。この馬鹿には教育が必要らしい。

―――無理矢理車を発車させた。

―――もう後戻りはできないことを悟った。
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