百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「掃除! これは掃除しないとダメです!」
「は?」
「ちょっと百十一さんはそこで大人しくしててください!!」   

百十一さんを押しのけて、部屋の中へとずんずん進んでいけば、明かりをつけると同時に私の表情が重力に逆らうかのように引きつる。

「ひぃッ」

「あちゃー見ちゃった? 部屋では抱くとこないから玄関で押し倒したってわけ。」

苛っ。この人、自分から部屋に入れておいてなに言ってるの?

ゴミがゴミ箱に捨てられていない事実よりも、ゴミ箱やゴミ袋が設置されていないことに驚く。

昨日引っ越してきたばかりのように段ボールが所狭しと積まれている。キッチンのシンクにはカップ麺とお弁当空き容器の山。床はかろうじてワイパーで埃は取ってあるようだけど、マットの上はあやしい。そしてマットが斜めにずれている。ズレ防止吸着テープ!

かろうじてベランダから掃除道具を持ち出し、腕まくりをして掃除に取り掛かる。

汚れるからジャケットとストッキングを脱いでいれば、百十一さんに「男の家来て脱ぐの意味」と訳のわからないことをつぶやかれた。
 
「ちょっと黙ってて!!」 
「お〜怖。」

 
 2時間ほど部屋とトイレの掃除をしたところで、今度はお風呂に取り掛かる。面倒だからこのままシャワーを浴びさせてもらった。

「すげえ。越名が裸で風呂掃除してる。」

「言っときますけど私はハウスキーパーじゃありませんからね?」  
 
「って、せめて女っぽく『キャー百十一さんのエッチ〜』とか言ってくんないとこうして風呂覗いてる俺の緊張感はどうなるの?」

「それどころじゃないんです! 私、あなたの家のお風呂、シンクの中までしっかりお掃除してるんです!!」 
  
「邪魔しないで下さい!」と言い放てば、渋々百十一さんが部屋に戻っていった。


 かれこれ何時間お掃除していたのだろう。しゃがんで立ち上がる、という行為を繰り返していれば目眩がしてきた。

どうしよう、お掃除用洗剤、使い切っちゃった。詰替え用をせめて2袋はストックしておかないと。そういえば今何時だろう? もう薬局は閉まっちゃったかな。

裸のままバスルームから出ようとすれば、空間が歪み思い切りぐらついてしまう。目の前が真っ白になっていき、私は洗面所で倒れてしまった。

仕事終わりの大掃除は身体にこたえます。


 ―――何時間眠っていたのか。

規則的な鼓動音が鼓膜に響く。意識をゆっくりと覚醒させれば、百十一さんに抱きしめられながらベッドに入っていた。

そうだ。このベッドのシーツ、私が取り替えたばかりなんだ、と安心して彼の胸元に頬を寄せる。

上半身裸の百十一さんに対し、私はTシャツを着ていた。やたら大きいせいか、半袖が7部丈くらいの袖になっている。それに習い、ズボンを履いていない私の下着はTシャツによって隠れていた。

こうして包まれていると、胸の奥がきゅうっと収縮する感覚に陥る。裸の胸元に頬ずりをしてみれば、百十一さんの手が私の後頭部に添えられた。 

「こしな。お前やっぱ、いい女だわ。欲まみれのこの俺をいなすとか、お前くらいだよ」
  
「それって、褒めてます?」

「褒めてる褒めてる。俺、おまえいなきゃやっぱだめ……だわ……」

「それって、私がハウスキーパーのように便利って意味で言ってます?」

「お前さあ。違訳にもほどがあんだろ。素直にうけとれよばか……」

百十一さんが私の頭を撫でて、流すように髪を撫でていく。心地よくて、幸せな気分。  
  
そういえば私、髪の毛乾かしてない。でも湿っている感触もなく、ちゃんと毛先まで乾いている。
 
今は何時かと、斜め上のベッドサイドテーブルに目を向ける。デジタル時計の前にはドライヤーが置いてあった。
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