百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「でも主人は、本当は、誰よりも和果のことを案じていました。入院中、今まで伝え切れなかったことをいっそ伝えてみてはどうかと、私が後押ししたこともあったんです。」
越名母が小さなショルダーバッグから、シワだらけの4つ折りに畳まれたメモを取り出した。
「薬の副作用で、あまりにも手が震えて汚い字になったからと、主人が病室のゴミ箱に捨てたものです。」
「え、」
「主人には、死んでも和果には渡すなと怒鳴られたので。私もなかなか渡せなかったのですが、」
血管が浮き出る手で、ゆっくりとメモが開かれる。確かに震える手で書かれたような、ミミズが這ったような文字ではあった。
『わか、あいしてる』
たった、数文字。でも闘病生活の中、必死に書いたものだというのがわかる。
やべえ。こんな感情、俺にもあったのかと自分でも驚く。一瞬目の前が滲んだ。
『私は、いつもお父さんが満足できるほどのことをしてあげられなかったから……! だから……後悔、してるんです』
泣きながら俺に訴えていた越名の声は、どうやら今でも俺の胸に刻まれてるらしい。
メモ書き一枚に涙を呑まされるとは。俺も年を食ったせいかもしれない。
「正直、越名は、お父さんを満足させてあげられなかったことをずっと悔やんでいます。でもこのメモを見て安心しました。」
「百十一さん」
初めて、越名母の口角が持ち上がる。
俺も、どうせ忙しすぎる母親と会ったところで喧嘩にしかならねえって思ってるけど、たまには連絡くらいしてやるべきかもしんない。そんな風にすら思考が傾いた。
「真木さん。高校の時、よく和果をうちまで送ってきてくれてましたよね。」
「えっ? 知ってたんですか?!」
「恐らく、主人に異性と下校しているところを見つかるとまずいと思って、うちから少し離れた公園まで送って来てくれてたんですよね。」
「生徒会の仕事で17時を過ぎることもありましたから。送って行かないとと思って、」
「ありがとうございます。あの時和果は、真木さんからの告白を断ってしまったと私に話してくれました。もし付き合って主人にばれたら、真木さんに迷惑がかかるからと。」
「あ、ああ。そんなことも、ありましたね……」
「でも、今こうしてお付き合いいただけてるなんて。ずっと和果のことを思って下さっていたんですね。」
「え、ええ。まあ。」
はあ? 今なんて?!
「えっと? 越名が告白したんじゃなく、真木から告白したってことですか?」
俺の言葉に肩を竦める真木が、すぐに顔を伏せる。まだ真木はコーヒーに手をつけていない。
「そのはずです。母親の私がこんなことを言うのもなんですが、和果は、数人の男の子から告白を受けていたんです。でも父親には交際を禁止されていたので、全て断っていたんです。」
「え!?」
「本当に、青春一つ味わわせてあげられない、不甲斐ない親だったと反省しております。」
あー。はいはい。つまり真木は、俺に『越名から告白してきた』と嘘を吐いたと。
それって男としてのプライドですかあ? それともモテる男のプライドってやつですかあ?
なんにせよ嫌味であり、狂言をかます最低なクズ野郎だということが理解できたため、あえてこの場で真木に突きつけてやる。
「真木。まさかと思うけど、越名にも『越名から告白してきた』とかなんとか言って記憶改ざんしてるわけじゃねえよなあ?」
「っなあ!! あ、いや、」
「適当な嘘言って、越名の真面目な性格につけ入って付き合うのを強要してたりしたらどう落とし前つけるつもりだよ? あ"??」
「お、落とし前って。いや、僕はそんなつもりはっ!!」
「おかしいと思ったんだよ。厳しい家庭なのに自分から告白するとかよお。大体、あんな恋愛偏差値低い色気皆無の女が自分から告白なんてできるわけないしよ。」
「うッ、た、確かに。君の言うことは、一理ある」
「だろ?」
ほらなやっぱな!? 言質とったぞ俺!
でもなんだ? 言いたいこと全て吐き出したのにこの異様に胸の奥がもやもやする感じ。越名が数人の男に告られてただあ? 越名ってまさかモテるのか??
カップの取ってに手をかける越名母が、ゆっくりとコーヒーを飲み干す。空のカップをテーブルに置き、じっくりと焦らすように笑顔を作る。圧が、不穏だ。
「あなた方。和果を傷つけるようなことがあれば私が黙っておりません。以後、発言と言動と記憶の改ざんには重々お気を付け下さいますよう!」
急に厳しい口調で言い放った越名母が、バッグを手にし玄関へと歩いていく。
やばい、しまった! 『恋愛偏差値低い色気皆無の女』とか軽率な発言をしてしまった! しかもなんだよ、母、越名と口調がそっくりじゃねえか!
「あの! 良ければ越名に会って行きませんか?! 俺が今からここに越名連れて来ますんで!」
越名母を引き留めようと玄関まで追いかければ、キッと睨みつけられてしまった。萎縮する俺は借りてきた招き猫のようにどうすることも出来ない。
越名母が小さなショルダーバッグから、シワだらけの4つ折りに畳まれたメモを取り出した。
「薬の副作用で、あまりにも手が震えて汚い字になったからと、主人が病室のゴミ箱に捨てたものです。」
「え、」
「主人には、死んでも和果には渡すなと怒鳴られたので。私もなかなか渡せなかったのですが、」
血管が浮き出る手で、ゆっくりとメモが開かれる。確かに震える手で書かれたような、ミミズが這ったような文字ではあった。
『わか、あいしてる』
たった、数文字。でも闘病生活の中、必死に書いたものだというのがわかる。
やべえ。こんな感情、俺にもあったのかと自分でも驚く。一瞬目の前が滲んだ。
『私は、いつもお父さんが満足できるほどのことをしてあげられなかったから……! だから……後悔、してるんです』
泣きながら俺に訴えていた越名の声は、どうやら今でも俺の胸に刻まれてるらしい。
メモ書き一枚に涙を呑まされるとは。俺も年を食ったせいかもしれない。
「正直、越名は、お父さんを満足させてあげられなかったことをずっと悔やんでいます。でもこのメモを見て安心しました。」
「百十一さん」
初めて、越名母の口角が持ち上がる。
俺も、どうせ忙しすぎる母親と会ったところで喧嘩にしかならねえって思ってるけど、たまには連絡くらいしてやるべきかもしんない。そんな風にすら思考が傾いた。
「真木さん。高校の時、よく和果をうちまで送ってきてくれてましたよね。」
「えっ? 知ってたんですか?!」
「恐らく、主人に異性と下校しているところを見つかるとまずいと思って、うちから少し離れた公園まで送って来てくれてたんですよね。」
「生徒会の仕事で17時を過ぎることもありましたから。送って行かないとと思って、」
「ありがとうございます。あの時和果は、真木さんからの告白を断ってしまったと私に話してくれました。もし付き合って主人にばれたら、真木さんに迷惑がかかるからと。」
「あ、ああ。そんなことも、ありましたね……」
「でも、今こうしてお付き合いいただけてるなんて。ずっと和果のことを思って下さっていたんですね。」
「え、ええ。まあ。」
はあ? 今なんて?!
「えっと? 越名が告白したんじゃなく、真木から告白したってことですか?」
俺の言葉に肩を竦める真木が、すぐに顔を伏せる。まだ真木はコーヒーに手をつけていない。
「そのはずです。母親の私がこんなことを言うのもなんですが、和果は、数人の男の子から告白を受けていたんです。でも父親には交際を禁止されていたので、全て断っていたんです。」
「え!?」
「本当に、青春一つ味わわせてあげられない、不甲斐ない親だったと反省しております。」
あー。はいはい。つまり真木は、俺に『越名から告白してきた』と嘘を吐いたと。
それって男としてのプライドですかあ? それともモテる男のプライドってやつですかあ?
なんにせよ嫌味であり、狂言をかます最低なクズ野郎だということが理解できたため、あえてこの場で真木に突きつけてやる。
「真木。まさかと思うけど、越名にも『越名から告白してきた』とかなんとか言って記憶改ざんしてるわけじゃねえよなあ?」
「っなあ!! あ、いや、」
「適当な嘘言って、越名の真面目な性格につけ入って付き合うのを強要してたりしたらどう落とし前つけるつもりだよ? あ"??」
「お、落とし前って。いや、僕はそんなつもりはっ!!」
「おかしいと思ったんだよ。厳しい家庭なのに自分から告白するとかよお。大体、あんな恋愛偏差値低い色気皆無の女が自分から告白なんてできるわけないしよ。」
「うッ、た、確かに。君の言うことは、一理ある」
「だろ?」
ほらなやっぱな!? 言質とったぞ俺!
でもなんだ? 言いたいこと全て吐き出したのにこの異様に胸の奥がもやもやする感じ。越名が数人の男に告られてただあ? 越名ってまさかモテるのか??
カップの取ってに手をかける越名母が、ゆっくりとコーヒーを飲み干す。空のカップをテーブルに置き、じっくりと焦らすように笑顔を作る。圧が、不穏だ。
「あなた方。和果を傷つけるようなことがあれば私が黙っておりません。以後、発言と言動と記憶の改ざんには重々お気を付け下さいますよう!」
急に厳しい口調で言い放った越名母が、バッグを手にし玄関へと歩いていく。
やばい、しまった! 『恋愛偏差値低い色気皆無の女』とか軽率な発言をしてしまった! しかもなんだよ、母、越名と口調がそっくりじゃねえか!
「あの! 良ければ越名に会って行きませんか?! 俺が今からここに越名連れて来ますんで!」
越名母を引き留めようと玄関まで追いかければ、キッと睨みつけられてしまった。萎縮する俺は借りてきた招き猫のようにどうすることも出来ない。