silent frost
オフィスは整いすぎていて、息を潜めたような空気がいつも漂っている。
書類を揃え、端末を立ち上げ、今日の予定をチェックする。
ただのルーティンのはずなのに、ここでは一つひとつの動作に静かに神経が研ぎ澄まされる。
デスクに置いたスケジュール表をめくった瞬間、背後の気配で誰かわかった。
――神田だ
社長室の扉が開く音さえ、やけに柔らかい
歩く速度も、視線の動きも、全部が計算されているのに自然で、だからこそ境目が分からない
恐ろしい男だ
「おはよう、四宮」
低く落ち着いた声がすぐ近くで耳に挿入された
振り返ると、黒に近い濃紺の髪が朝の光を受けて揺れている。スーツの色も表情も派手ではないのに、不思議と視界を奪う。
「おはようございます、社長。本日の会議資料はこちらに」
私は冷静に手渡す。指先が触れ合わないように、ほんのわずか距離を保つ。
神田は微かに目を細め、資料をめくりもせず片手に持った。
「ありがとう。あとで確認するよ」
それだけで、仕事の始まりが少し違う温度を帯びる。周囲は普段どおりに動いているのに、私だけ時間がゆっくり引き延ばされているように感じる。
――昼の顔しか知らない、なんて誰が言えるだろう。
きっとそれを発した奴はこの世から跡形もなく消え去っているのだろう
だからその言葉を放った奴を私は知らない。
胸の奥でそう呟きながら、私は再び予定表に戻した