拝啓、愛しのパイロット様


(あとは搭乗を待つだけだな)

 慌ただしく出発準備を終えた由桔也は、操縦席に深く腰掛け一気に身体の力を抜いた。
 出発前にパイロットがやるべき仕事は山ほどある。
 コックピット内部の計器をセットアップし、CAとのブリーフィングを終えると、ようやくひと息つける。
 ずっと気を張ってばかりでは疲れてしまう。
 フライト中は気が抜けない代わりに、出発までの時間を利用して、適度に緊張を緩めることも必要だ。

「香港に着いたら一緒に食事しないか?美味しい飲茶が食べられる店を知っているんだ」

 長田は早くも到着後の予定を組み立てているらしい。
 ステイ先でどう過ごすかは個人差があるが、長田は積極的に副操縦士とコミュニケーションを取るタイプのキャプテンだ。
 本当なら敏腕パイロットの豊富な飛行経験を聞けるいいチャンスであり、同行したいのはやまやまだが。

「申し訳ありませんが、ちょっと……」
「つれないねえ。もしかして彼女と電話でもするの?」
「似たようなものです」

 詳しく詮索されないよう含み笑いで答えると、長田は冷やかしまじりにヒューと口笛を吹いた。
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