拝啓、愛しのパイロット様

 ◇

 定時ぴったりの午後六時になると、小町はいそいそと帰り支度を始めた。

「お疲れさま」

 トートバッグを肩に下げ、隣のデスクの乾に一声かけてから、椅子から立ち上がる。

「お疲れさまです。小町さん。もしかして、今日は例の日ですか?」
「そう!」

 小町はふふっと弾んだ声で答えると、かわいい猫がプリントされた手提げバッグを自慢げに掲げてみせた。
 手提げバッグの中には、漆塗りの書道セットが入っている。
 今日は週に一度の習い事の日なのだ。
 弾んだ足取りで会社を出ると、足早に駅まで向かう。
 駅と直結しているファッションビルの中に入り、エレベーターに乗って十階で降りる。
 書店とスポーツ用品店を通り抜けた先にある、カルチャースクール。三つある教室の内、一番奥の扉が小町の目的地だ。

「こんにちは〜!」
「あら、小町さん。今日は随分と早いのね」

 挨拶をしながら扉を押し開くと、教室にはすでに女性が着席しており、小町ににこやかに話しかけてくれた。
 五十代とは思えぬ美貌の持ち主で、ほっそりとしたシルエットのベージュのワンピースを着ている。胸もとにはアクセントとなるオニキスのアンティークブローチが留められていて、彼女の品の良さを強調している。
 彼女の座る席には、墨と半紙が置かれており、ちょうどなにかを書き終えたところらしい。
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