推しと奏でる、私たちの唄 〜ドS天才歌手の隣は甘くて難しい〜
帰り道…
社用車に乗り込んでから、夏と灯里は何も話さなかった。
街灯が少なくなり、視界の先に海が見えた時、
夏がぽつりと言った。
「……ちょっと、寄って」
灯里は何も聞かず、頷いた。
車を降りると、夜の海が広がっていた。
防波堤の向こうで、波が静かに砕けている。
潮風が吹く。
二人は並んで立った。
しばらくして、夏が口を開いた。
「俺さ……
ここに来るたびに思ってた」
灯里は黙って、耳を傾ける。
「“誰かが待っててくれたらいいのにな”って」
夜の海に、夏の声は低く溶けていった。
「子供の頃はさ、家に帰っても、
広いマンションで、一人で」
言葉は多くない。
それでも、十分だった。
「……蓮んちのじいちゃんは、
何も聞かずに場所くれてた」
波の音が重なる。
「shoreline ってさ、
海岸線って意味だけど」
少し間を置いて、続ける。
「この場所が、
俺には……救いだった」
灯里は、初めてその言葉を聞いた。
「……バンド名は、“ここ”から来てるんですね」
夏はどこか穏やかな横顔で、遠くの海を見つめていた……