来世も君と恋(コン)してる!
3話〈漫画直伝・椛の胸きゅん大作戦!〉
〇宵ヶ丘町 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
騒がしい教室の中、佳葡と柚月の間に沈黙が走る。
柚月「危険って……大げさだよ〜。それ漫画でしょ? 現実でそんなこと有り得ないって」
ないない、と頭を横に振る、柚月。
瞬間、学校のチャイムが鳴る。
佳葡「そうね。あくまで、可能性の話」
漫画本をカバンへしまい、授業の準備を始める、佳葡。
教室の扉から教師が入ってくる。
教師「よーし。HR始めるぞー」
前に向き直る、柚月。
しかし教師の話は横流しで俯く、柚月。
柚月M「そうだよ。あれは物語の話だから。……ヤコくんが”嘘”なんて……つかない、よね……?」
不安を募らせる、柚月。
俯く柚月を心配そうに見つめる、佳葡。
〇同 星見稲荷神社 拝殿 境内(夕)
夕日が辺りを橙色で包む。
町の光がポツポツとつき始め、杏哉も神社にある灯篭へ明かりをつけていく。
神妙な面持ちで賽銭箱に座り、漫画本を読む、椛。
椛 「ねぇ、杏哉」
杏哉「……はい」
珍しく真面目な姿に、声のトーンを落ち着かせて真剣に返事をする、杏哉。
椛 「……未だに”幼馴染”という関係から一向に進展しないのは何でだと思う?」
疑問を投げかけたのち、手に持っていた1冊の少女漫画〈幼馴染に恋していいですか?(タイトル)〉を取り出し、ペラペラとめくる、椛。
開いたページには、先日(一話)で椛が柚月にしたように耳元で囁くシーン。そして次に捲ったページにはヒロインの手を取って頬に当てるヒーローのシーンが描かれている。
さらにページをめくると、朝(二話)で椛が柚月へしたようにヒーローがヒロインにバックハグをするシーンが開かれる。
椛 「僕なりにもちゃんと行動はしてるんだけどな〜」
杏哉「……もしかして、これが以前言っていた”対策”ですか?」
椛 「ん? そうだよ。同級生から借りてね。すごく勉強になるんだよ。でも、この男と同じようにアピールしてるのに、反応がイマイチでね」
心底理解ができないという表情を見せる椛に、はぁとため息を漏らして呆れる、杏哉。
杏哉「……言わせていただきますと、そもそも幼馴染という位置から始めたのが悪いのでは?」
椛 「な、何でだ?!」
勢いよく本から杏哉へと目線を向ける、椛。
瞬間、煙とともにモフモフとした狐の耳と尻尾が椛から生える。
椛 「この少女漫画という本には、”幼馴染と甘酸っぱい恋に落ちる”と書いてあるじゃないか!」
持っている少女漫画の帯を見せる、椛。
杏哉「それはその漫画の売り文句です……全ての恋が幼馴染と始まるわけないでしょう」
頭を抱える、杏哉。こっそり出てしまった「バカなんですか」という声は、椛に届くことはなく、椛は信じられないというように漫画のページをペラペラとめくる。
杏哉「どちらかというと、幼馴染は当て馬……というか、失恋キャラとして使われる方が多いのでは?」
椛 「しつ、れん……」
狐の耳と尻尾をしゅんと下げる、椛。
杏哉「あと、幼馴染は家族と思われることが多いイメージですね」
椛 「かぞく……」
更に耳と尻尾を下げる、椛。
椛のだらりと下がった耳と尻尾、気分を見て「やべ」と慌てる、杏哉。
杏哉「ま、まぁ、あくまで一例ですから! 漫画はフィクションですから!」
しかし変わらずどんよりとした雰囲気の椛。
杏哉「それに、お二人の”運命”は関係性くらいでは変わらないでしょう?」
その言葉に下げていた狐耳をピンと立てる、椛。
椛 「……そうだな!」
元気を取り戻す、椛。ご機嫌そうに尻尾を揺らす。
安心と呆れが混じったため息を零す、杏哉。
杏哉「……しかし、時間がないのは確かです。今の貴方様は”その姿”を保つのが精一杯でしょう」
真剣な面持ちで話す杏哉。椛は杏哉の表情を見て、尻尾は動きを止め、目線を逸らす。
椛 「月が毎日参拝してくれてるおかげで、一回だけなら大人の姿になれるよ。昔の姿に戻るのは、流石に無理だけど」
神社の石畳に落ちている葉を一つ手に取る、椛。
葉に煙がまく。瞬間、葉は真っ白な烏となり、空へと羽ばたいていく。
烏が空高く飛び立つ姿をじっと眺める、椛。
椛 「……残った力はこの程度」
飛び立った烏は神木の高さを超えそうになった手前で、煙に巻かれ落ち葉へと戻り、ハラハラと落ちる。
椛 「堕ちたものだよね。君達の先祖が信じた”御狐様”はさ」
椛は雲が靡くのみの空を見つめ続ける。
椛の視線は悲しみと寂しさを孕んだもの。
そんな椛を見て、視線を逸らす、杏哉。
杏哉「……それでも、貴方様がこれまで叶えた多くの願いや思いは、消えません。力を無くし、ただ都合が良く聞こえる言葉を述べることしかできないとしても、貴方様に救われた者がいることに変わりはないんです」
椛をまっすぐ見る、杏哉。
杏哉を見て、再び視線を逸らす、椛。
〇同 星見稲荷神社前(夕)
夕日が沈み、辺りを橙色が包む。
とぼとぼとしたうかない足取りで星見稲荷神社の前を歩く、柚月。
柚月M「勉強会してたら遅くなっちゃった」
矢先、神社から椛と杏哉の話す声が聞こえ、神社の方に視線を向ける、柚月。
しかし内容までは聞き取れない。
柚月M「……なに、話してるんだろう」
朝のこともあり内容が妙に気になり、階段へと足を進める、柚月。
〇同 星見稲荷神社 階段(夕)
階段を登る柚月の影が、夕日によって伸びる。
椛と杏哉の話し声は内容こそ聞こえないが、途絶えることはない。
柚月は真っ白な烏が飛び立つ姿に一瞬視線を移し、再度視線を階段へ戻し、歩みを進める。
〇同 拝殿 境内(夕)
橙色が落ち、暗闇が辺りを包む。
境内へ足を踏み入れる、柚月。
瞬間、椛の声がハッキリと耳に入る。
椛 「――それでも、今はそれが”嘘”でしかないことも、紛れもない事実だよ」
ザリ、という砂利を踏む音が三人の耳に入る。
椛と杏哉の視線が柚月に向き、杏哉は瞬時に狐耳と尻尾をそのままにした椛の前に立ち、椛の姿を隠す。
杏哉「ゆ、柚月ちゃん! おかえりなさい! な、何か御用ですか?」
杏哉の背後で煙を巻き、狐の耳と尻尾をしまう、椛。
椛は杏哉の背後から顔を出し、にこやかな笑みを浮かべる。
椛 「月、どうかした? もしかして、僕に会いたくなった?」
笑顔を向ける二人に、俯いたまま動かない、柚月。
椛 「月……?」
柚月の元へ歩き、目の前で顔を覗き込むように首を傾げる、椛。
椛が柚月の表情を隠す横髪に触れようとした瞬間、柚月の手が椛の手を払う。
柚月「あ、……ごめんっ」
ハッと我に返り、謝罪をこぼして階段を駆け下りる、柚月。
その場で固まる、椛。
杏哉は柚月の後を追いかけようとするが、椛の横で立ち止まり、椛の肩を揺する。
杏哉「椛様、何やってるんですか! 追いかけない――」
杏哉の言葉を遮り、柚月の後を追って走る、椛。
安心したように息を吐く、杏哉。
佳葡「――あの〜」
少女の声が聞こえ、杏哉がそちらを向くと、遠慮しがちに、階段から神社を覗き込む佳葡の姿が映る。
〇宵ヶ丘町 住宅街 公園前(夜)
辺りはすっかり暗くなり、住宅街の明かりや街灯がポツポツと暗い道を照らす。
公園へ入る横断歩道から飛び出す、柚月。
瞬間、横から自転車が走ってくる。
椛 「月っ!」
自転車と衝突しそうになった瞬間、柚月の手を椛が引く。
柚月の背中に鈍い衝撃が伝わる。
隣に立つ街灯がスポットライトのように柚月と椛を照らす。
会話がない二人の間に荒く乱れた椛の呼吸音が鮮明に聞こえる。
柚月は外壁へ背を預け、椛が柚月のことを覆うように外壁へ腕を当てる。
下を向き、事故寸前の恐怖から息を乱す柚月。
視界を上にあげ、椛の存在に気付くと、一気に顔を青く染める。
柚月が後ずさると、椛は柚月の肩に額を当て、安堵のため息を吐く。
そんな椛を見て、柚月は反抗をやめる。
椛 「はぁ……怪我、してない?」
柚月「う、うん……」
椛 「よかった。本当に心配したんだから」
ぐりぐりと額を押し付ける、椛。
椛 「……ねぇ、なんで逃げたの」
ピクリと反応する柚月の様子を横目で確認する、椛。
俯く、柚月。
柚月「……私ね、最近ずっとヤコくんとの距離について考えてたの」
椛 「え?」
ポツリと呟く柚月に、椛は顔を離し、首を傾げる。
柚月「私もヤコくんも成長したし、昔の距離のままはダメだなと思ってた。ヤコくんも、私だって、いつまでも今のままではいられないし、もしどっちかに恋人ができたりしたら、離れなきゃいけない日が必ず来る」
俯いたままで表情が読み取れない柚月。
柚月「その前に、幼馴染は卒業しなきゃと思ってた。……でもね、いざヤコくんが離れていくことを想像したら、不安になったの。今まで当たり前に隣にいた人がいなくなったら、これまでの関係は嘘みたいに消えていっちゃうのかなって」
柚月「ヤコくんは嘘をつくような子じゃないのはわかってる。でも……」
その言葉に、壁に当てた腕を離す、椛。
しかし椛の服を掴み、距離を取ろうとした椛を柚月は阻止する。
柚月「ねぇ、ヤコくんとの関係は……全部”嘘”にならないよね……っ?」
顔をあげ、水気を纏って今にも涙をこぼしそうな瞳で、椛を見つめる、柚月。
目を見開き、視線を下へ向ける、椛。
椛の視界に椛の服を握る柚月の手が不安そう震える様子が映る。
数秒の沈黙が二人の間を流れる。
椛はグッと奥歯を噛み締め、柚月を抱き締める。
自身の存在を教え込むように、強く、しかし割れ物を扱うように優しく抱く、椛。
目を見開く、柚月。
椛 「……嘘に、したくないよ」
小さく呟く椛の言葉は消えてしまいそうなほど弱い。
数秒強く抱きしめた後、椛は柚月の肩を持って離れ、向き合う。
椛の瞳は意志強く、しかしガラスのように壊れてしまいそうなほど危うい。
椛 「僕は今までのこと全て、嘘にする気はさらさらないよ。……でも、この関係を続けることで、月が先に進むことを不安に思うのなら……」
椛の手が柚月の頬に触れる。
椛 「――幼馴染、やめよう。」
椛の瞳が街灯の灯りと反射して、飴色に輝く。
柚月「え……?」
椛の言葉に目を見開く、柚月。
瞬間、椛の顔と柚月の顔の距離が近づく。
椛が柚月の頬を固定しているせいで、柚月は視線を背けることができない。
二人の顔が重なる。
しかし椛の唇は、柚月の唇ではなく、反射的に閉じた瞼へと落とされる。
数秒が何分にも思えるように長い時間に感じる、柚月。
ゆっくりと離された唇と同時に、閉じられていた椛の瞼が開く。
状況が把握しきれず、硬直する、柚月。瞳を覆っていた涙は既に姿を消している。
頬に触れていた椛の手が、柚月の手を取る。
そのまま柚月の手を口元へと運び、柚月に見せつけるように柚月の手の甲に再びキスを落とす。
柚月はその光景に、状況を把握し、頬を真っ赤に染める。
柚月「え、えぇ?! や、ヤコ、くん?!?!」
柚月が慌てふためく間も、唇は離されず、柚月の不安は羞恥心へ上書きされる。
じっくりと存在を植え付けたのち、椛は唇を離す。
椛は、鋭く輝く飴色の瞳で、柚月を見据える。
椛 「これからは幼馴染じゃなくて、月のことが好きな野狐 椛としてそばにいる。……だから、幼馴染のヤコくんじゃなくて、僕という存在自体を求めて。」
そう言って、誰もが魅入るような笑顔で微笑む、椛。
限界を迎え、外壁に背を預けながらズルズルと座り込みそうになる柚月を、椛は腕を引き体を支える。
椛 「おっと。汚れちゃうから、こっちね」
柚月「えっ……! ち、近い……!」
自力で立とうと離れようとする柚月を、椛は肩を抱いて阻止する。
柚月M「ちょ、余計に近いっ!」
離れようとするも離されない。という攻防をしばらく続ける、二人。
満足し、クスリと笑って椛は柚月を離す。
真っ赤になった頬を隠すように横髪を握り、ふぅと安堵のため息をもらす、柚月。
柚月の視界に、椛の差し出した手が映る。
椛 「さ、そろそろ帰ろう。月」
遠慮がちにゆっくり手を取ろうとする柚月。
柚月が手に触れる瞬間に、椛は柚月の手を、強引に握る。
そして手を引っ張り、夜の町中を駆け出す。
柚月「わぁ、ヤコくん?!」
椛 「杏哉が心配してそうだ。あいつ心配性だから。ちゃんと家まで送るからね」
楽しげに夜の町を駆ける椛に、柚月は微笑む。
柚月M「よかった。いつものヤコくんだ。……でも、さっきの……」
椛が柚月の手の甲へキスをした先程の光景がフラッシュバックする、柚月。
椛の鋭く見据えた飴色の瞳を思い出し、柚月は火照るように顔を赤く染める。
柚月M「ヤコくんじゃないみたいだった」
柚月は赤くした頬に空いている手を当て、不思議そうに首を傾げる。
夜空に浮かぶ欠けた月が、二人の進む道を照らすように輝く。
3話 終
騒がしい教室の中、佳葡と柚月の間に沈黙が走る。
柚月「危険って……大げさだよ〜。それ漫画でしょ? 現実でそんなこと有り得ないって」
ないない、と頭を横に振る、柚月。
瞬間、学校のチャイムが鳴る。
佳葡「そうね。あくまで、可能性の話」
漫画本をカバンへしまい、授業の準備を始める、佳葡。
教室の扉から教師が入ってくる。
教師「よーし。HR始めるぞー」
前に向き直る、柚月。
しかし教師の話は横流しで俯く、柚月。
柚月M「そうだよ。あれは物語の話だから。……ヤコくんが”嘘”なんて……つかない、よね……?」
不安を募らせる、柚月。
俯く柚月を心配そうに見つめる、佳葡。
〇同 星見稲荷神社 拝殿 境内(夕)
夕日が辺りを橙色で包む。
町の光がポツポツとつき始め、杏哉も神社にある灯篭へ明かりをつけていく。
神妙な面持ちで賽銭箱に座り、漫画本を読む、椛。
椛 「ねぇ、杏哉」
杏哉「……はい」
珍しく真面目な姿に、声のトーンを落ち着かせて真剣に返事をする、杏哉。
椛 「……未だに”幼馴染”という関係から一向に進展しないのは何でだと思う?」
疑問を投げかけたのち、手に持っていた1冊の少女漫画〈幼馴染に恋していいですか?(タイトル)〉を取り出し、ペラペラとめくる、椛。
開いたページには、先日(一話)で椛が柚月にしたように耳元で囁くシーン。そして次に捲ったページにはヒロインの手を取って頬に当てるヒーローのシーンが描かれている。
さらにページをめくると、朝(二話)で椛が柚月へしたようにヒーローがヒロインにバックハグをするシーンが開かれる。
椛 「僕なりにもちゃんと行動はしてるんだけどな〜」
杏哉「……もしかして、これが以前言っていた”対策”ですか?」
椛 「ん? そうだよ。同級生から借りてね。すごく勉強になるんだよ。でも、この男と同じようにアピールしてるのに、反応がイマイチでね」
心底理解ができないという表情を見せる椛に、はぁとため息を漏らして呆れる、杏哉。
杏哉「……言わせていただきますと、そもそも幼馴染という位置から始めたのが悪いのでは?」
椛 「な、何でだ?!」
勢いよく本から杏哉へと目線を向ける、椛。
瞬間、煙とともにモフモフとした狐の耳と尻尾が椛から生える。
椛 「この少女漫画という本には、”幼馴染と甘酸っぱい恋に落ちる”と書いてあるじゃないか!」
持っている少女漫画の帯を見せる、椛。
杏哉「それはその漫画の売り文句です……全ての恋が幼馴染と始まるわけないでしょう」
頭を抱える、杏哉。こっそり出てしまった「バカなんですか」という声は、椛に届くことはなく、椛は信じられないというように漫画のページをペラペラとめくる。
杏哉「どちらかというと、幼馴染は当て馬……というか、失恋キャラとして使われる方が多いのでは?」
椛 「しつ、れん……」
狐の耳と尻尾をしゅんと下げる、椛。
杏哉「あと、幼馴染は家族と思われることが多いイメージですね」
椛 「かぞく……」
更に耳と尻尾を下げる、椛。
椛のだらりと下がった耳と尻尾、気分を見て「やべ」と慌てる、杏哉。
杏哉「ま、まぁ、あくまで一例ですから! 漫画はフィクションですから!」
しかし変わらずどんよりとした雰囲気の椛。
杏哉「それに、お二人の”運命”は関係性くらいでは変わらないでしょう?」
その言葉に下げていた狐耳をピンと立てる、椛。
椛 「……そうだな!」
元気を取り戻す、椛。ご機嫌そうに尻尾を揺らす。
安心と呆れが混じったため息を零す、杏哉。
杏哉「……しかし、時間がないのは確かです。今の貴方様は”その姿”を保つのが精一杯でしょう」
真剣な面持ちで話す杏哉。椛は杏哉の表情を見て、尻尾は動きを止め、目線を逸らす。
椛 「月が毎日参拝してくれてるおかげで、一回だけなら大人の姿になれるよ。昔の姿に戻るのは、流石に無理だけど」
神社の石畳に落ちている葉を一つ手に取る、椛。
葉に煙がまく。瞬間、葉は真っ白な烏となり、空へと羽ばたいていく。
烏が空高く飛び立つ姿をじっと眺める、椛。
椛 「……残った力はこの程度」
飛び立った烏は神木の高さを超えそうになった手前で、煙に巻かれ落ち葉へと戻り、ハラハラと落ちる。
椛 「堕ちたものだよね。君達の先祖が信じた”御狐様”はさ」
椛は雲が靡くのみの空を見つめ続ける。
椛の視線は悲しみと寂しさを孕んだもの。
そんな椛を見て、視線を逸らす、杏哉。
杏哉「……それでも、貴方様がこれまで叶えた多くの願いや思いは、消えません。力を無くし、ただ都合が良く聞こえる言葉を述べることしかできないとしても、貴方様に救われた者がいることに変わりはないんです」
椛をまっすぐ見る、杏哉。
杏哉を見て、再び視線を逸らす、椛。
〇同 星見稲荷神社前(夕)
夕日が沈み、辺りを橙色が包む。
とぼとぼとしたうかない足取りで星見稲荷神社の前を歩く、柚月。
柚月M「勉強会してたら遅くなっちゃった」
矢先、神社から椛と杏哉の話す声が聞こえ、神社の方に視線を向ける、柚月。
しかし内容までは聞き取れない。
柚月M「……なに、話してるんだろう」
朝のこともあり内容が妙に気になり、階段へと足を進める、柚月。
〇同 星見稲荷神社 階段(夕)
階段を登る柚月の影が、夕日によって伸びる。
椛と杏哉の話し声は内容こそ聞こえないが、途絶えることはない。
柚月は真っ白な烏が飛び立つ姿に一瞬視線を移し、再度視線を階段へ戻し、歩みを進める。
〇同 拝殿 境内(夕)
橙色が落ち、暗闇が辺りを包む。
境内へ足を踏み入れる、柚月。
瞬間、椛の声がハッキリと耳に入る。
椛 「――それでも、今はそれが”嘘”でしかないことも、紛れもない事実だよ」
ザリ、という砂利を踏む音が三人の耳に入る。
椛と杏哉の視線が柚月に向き、杏哉は瞬時に狐耳と尻尾をそのままにした椛の前に立ち、椛の姿を隠す。
杏哉「ゆ、柚月ちゃん! おかえりなさい! な、何か御用ですか?」
杏哉の背後で煙を巻き、狐の耳と尻尾をしまう、椛。
椛は杏哉の背後から顔を出し、にこやかな笑みを浮かべる。
椛 「月、どうかした? もしかして、僕に会いたくなった?」
笑顔を向ける二人に、俯いたまま動かない、柚月。
椛 「月……?」
柚月の元へ歩き、目の前で顔を覗き込むように首を傾げる、椛。
椛が柚月の表情を隠す横髪に触れようとした瞬間、柚月の手が椛の手を払う。
柚月「あ、……ごめんっ」
ハッと我に返り、謝罪をこぼして階段を駆け下りる、柚月。
その場で固まる、椛。
杏哉は柚月の後を追いかけようとするが、椛の横で立ち止まり、椛の肩を揺する。
杏哉「椛様、何やってるんですか! 追いかけない――」
杏哉の言葉を遮り、柚月の後を追って走る、椛。
安心したように息を吐く、杏哉。
佳葡「――あの〜」
少女の声が聞こえ、杏哉がそちらを向くと、遠慮しがちに、階段から神社を覗き込む佳葡の姿が映る。
〇宵ヶ丘町 住宅街 公園前(夜)
辺りはすっかり暗くなり、住宅街の明かりや街灯がポツポツと暗い道を照らす。
公園へ入る横断歩道から飛び出す、柚月。
瞬間、横から自転車が走ってくる。
椛 「月っ!」
自転車と衝突しそうになった瞬間、柚月の手を椛が引く。
柚月の背中に鈍い衝撃が伝わる。
隣に立つ街灯がスポットライトのように柚月と椛を照らす。
会話がない二人の間に荒く乱れた椛の呼吸音が鮮明に聞こえる。
柚月は外壁へ背を預け、椛が柚月のことを覆うように外壁へ腕を当てる。
下を向き、事故寸前の恐怖から息を乱す柚月。
視界を上にあげ、椛の存在に気付くと、一気に顔を青く染める。
柚月が後ずさると、椛は柚月の肩に額を当て、安堵のため息を吐く。
そんな椛を見て、柚月は反抗をやめる。
椛 「はぁ……怪我、してない?」
柚月「う、うん……」
椛 「よかった。本当に心配したんだから」
ぐりぐりと額を押し付ける、椛。
椛 「……ねぇ、なんで逃げたの」
ピクリと反応する柚月の様子を横目で確認する、椛。
俯く、柚月。
柚月「……私ね、最近ずっとヤコくんとの距離について考えてたの」
椛 「え?」
ポツリと呟く柚月に、椛は顔を離し、首を傾げる。
柚月「私もヤコくんも成長したし、昔の距離のままはダメだなと思ってた。ヤコくんも、私だって、いつまでも今のままではいられないし、もしどっちかに恋人ができたりしたら、離れなきゃいけない日が必ず来る」
俯いたままで表情が読み取れない柚月。
柚月「その前に、幼馴染は卒業しなきゃと思ってた。……でもね、いざヤコくんが離れていくことを想像したら、不安になったの。今まで当たり前に隣にいた人がいなくなったら、これまでの関係は嘘みたいに消えていっちゃうのかなって」
柚月「ヤコくんは嘘をつくような子じゃないのはわかってる。でも……」
その言葉に、壁に当てた腕を離す、椛。
しかし椛の服を掴み、距離を取ろうとした椛を柚月は阻止する。
柚月「ねぇ、ヤコくんとの関係は……全部”嘘”にならないよね……っ?」
顔をあげ、水気を纏って今にも涙をこぼしそうな瞳で、椛を見つめる、柚月。
目を見開き、視線を下へ向ける、椛。
椛の視界に椛の服を握る柚月の手が不安そう震える様子が映る。
数秒の沈黙が二人の間を流れる。
椛はグッと奥歯を噛み締め、柚月を抱き締める。
自身の存在を教え込むように、強く、しかし割れ物を扱うように優しく抱く、椛。
目を見開く、柚月。
椛 「……嘘に、したくないよ」
小さく呟く椛の言葉は消えてしまいそうなほど弱い。
数秒強く抱きしめた後、椛は柚月の肩を持って離れ、向き合う。
椛の瞳は意志強く、しかしガラスのように壊れてしまいそうなほど危うい。
椛 「僕は今までのこと全て、嘘にする気はさらさらないよ。……でも、この関係を続けることで、月が先に進むことを不安に思うのなら……」
椛の手が柚月の頬に触れる。
椛 「――幼馴染、やめよう。」
椛の瞳が街灯の灯りと反射して、飴色に輝く。
柚月「え……?」
椛の言葉に目を見開く、柚月。
瞬間、椛の顔と柚月の顔の距離が近づく。
椛が柚月の頬を固定しているせいで、柚月は視線を背けることができない。
二人の顔が重なる。
しかし椛の唇は、柚月の唇ではなく、反射的に閉じた瞼へと落とされる。
数秒が何分にも思えるように長い時間に感じる、柚月。
ゆっくりと離された唇と同時に、閉じられていた椛の瞼が開く。
状況が把握しきれず、硬直する、柚月。瞳を覆っていた涙は既に姿を消している。
頬に触れていた椛の手が、柚月の手を取る。
そのまま柚月の手を口元へと運び、柚月に見せつけるように柚月の手の甲に再びキスを落とす。
柚月はその光景に、状況を把握し、頬を真っ赤に染める。
柚月「え、えぇ?! や、ヤコ、くん?!?!」
柚月が慌てふためく間も、唇は離されず、柚月の不安は羞恥心へ上書きされる。
じっくりと存在を植え付けたのち、椛は唇を離す。
椛は、鋭く輝く飴色の瞳で、柚月を見据える。
椛 「これからは幼馴染じゃなくて、月のことが好きな野狐 椛としてそばにいる。……だから、幼馴染のヤコくんじゃなくて、僕という存在自体を求めて。」
そう言って、誰もが魅入るような笑顔で微笑む、椛。
限界を迎え、外壁に背を預けながらズルズルと座り込みそうになる柚月を、椛は腕を引き体を支える。
椛 「おっと。汚れちゃうから、こっちね」
柚月「えっ……! ち、近い……!」
自力で立とうと離れようとする柚月を、椛は肩を抱いて阻止する。
柚月M「ちょ、余計に近いっ!」
離れようとするも離されない。という攻防をしばらく続ける、二人。
満足し、クスリと笑って椛は柚月を離す。
真っ赤になった頬を隠すように横髪を握り、ふぅと安堵のため息をもらす、柚月。
柚月の視界に、椛の差し出した手が映る。
椛 「さ、そろそろ帰ろう。月」
遠慮がちにゆっくり手を取ろうとする柚月。
柚月が手に触れる瞬間に、椛は柚月の手を、強引に握る。
そして手を引っ張り、夜の町中を駆け出す。
柚月「わぁ、ヤコくん?!」
椛 「杏哉が心配してそうだ。あいつ心配性だから。ちゃんと家まで送るからね」
楽しげに夜の町を駆ける椛に、柚月は微笑む。
柚月M「よかった。いつものヤコくんだ。……でも、さっきの……」
椛が柚月の手の甲へキスをした先程の光景がフラッシュバックする、柚月。
椛の鋭く見据えた飴色の瞳を思い出し、柚月は火照るように顔を赤く染める。
柚月M「ヤコくんじゃないみたいだった」
柚月は赤くした頬に空いている手を当て、不思議そうに首を傾げる。
夜空に浮かぶ欠けた月が、二人の進む道を照らすように輝く。
3話 終