夜と最後の夏休み
 詩音がひょこっと美海の手元を覗いた。


「あーうん。ほら、こないだちょっと話したようなこと」


 美海はぼそぼそと手元を見ながら言う。

 僕も詩音と一緒に美海の手元を見るとそこには


「言いたいことが言えますように?」


 どういうことだろう?


「去年の夏休みにさ、私二人に言ったでしょ。思ってることは言わないと伝わらないとか、そういうの。けど自分が言えてないなって」

「そうなの?」


 美海はわりとあれこれ言う方だと思ってた。そんな美海でも言えないことがあるんだ。


「今言えばいいのに」


 軽く言われた詩音の言葉に、美海は眉間と顎にしわを寄せた。


「言いにくいこと?」


 聞くと美海は首を振った。


「別に変なこととか悪いことじゃないよ。ただちょっと緊張しちゃうってだけ」


 そう言ってそっぽを向く美海の顔はなんだか赤くてかわいい。横にいる詩音はなぜだか半笑いで


「あま~い」


 とつぶやいていた。


「あ、じゃあ、僕が先に言おうか」


 そういえば、僕も美海に言おうと思って言えてなかったことがあった。


「えーっと……」


 手元にある練習用の半紙に、筆で絵を描く。先日田崎さんが着ていた、ひらひらのスカート。


「こんな感じ。ごめん下手なんだけど。こういうスカート、美海に絶対似合うから着てほしい」

「え」

「夜さあ。ほんとさあ」


 美海は赤い顔のまま固まってしまい、詩音は呆れかえった顔で首を振った。


「そういうのはさー、服を用意して持ってこないとだよ。それ美海のお小遣いで自分の好みの格好をしてくれってことじゃん」

「そういうつもりじゃ……でも、そうだよな。ごめん。今度買ってくる」

「ええ……。う、うん……?」


 美海は戸惑いながらも頷いてくれた。

 この間からずっと言いたかったから言えて良かった。


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