夜と最後の夏休み
 図書館の自習室でワークを始める。ていうか田崎さんって算数苦手だっけ? 六年間も一緒に授業を受けていれば、なんとなく同級生内で誰がなにを苦手か得意かってわかってくる。田崎さんが算数を苦手にしているイメージはない。


「ねえ、ここのかけ算なんだけど」

「分数のかけ算は、上と下でそれぞれかけるんだよ」

「ここの面積なんだけど」

「円の面積の応用だね」


 聞かれたことに答えつつ自分のワークを進める。最初に決めたとおり一日のワークのページはそんなに多くない。多くないけどちゃんと毎日やれば終わる……はず。

 各教科のワークが終わったので、課題図書を探しに行くと田崎さんに伝えたら、ついてくると言う。


「今日の分のワーク、終わったの?」

「まだ、だけど」

「じゃあ、ちゃんとやらないと」

「佐々木くんは?」

「決めた分は終わったよ」


 そう言って立ち上がり課題図書の一覧を持って特集コーナーへ向かう。

 だいたい毎年、夏になると各学年ごとの課題図書を一カ所にまとめておいてくれるのだ。


「はあ……」


 なんで僕は詩音や美海じゃない子と宿題なんかしてるんだ? 僕はなんで二人のことばかり考えているんだ。

 課題図書はいつもどおり、平和学習とか、人権とか、環境問題とか、そういう本だ。何冊かのあらすじや、あとがきを読んで、二冊選んだ。両方読んで書けそうな方で書こう。


「佐々木くん、両方読むの? すごいね」

「うわっ」


 二冊を手に取って振り返ったら田崎さんがいた。めちゃくちゃびっくりした。


「あ、驚かせちゃった? ごめんね」


 田崎さんは、えへへとかわいらしく微笑む。なぜだか僕は


(たぶん、かわいらしく見えるんだろうな)


 なんて冷めた目で田崎さんを見ていた。


「じゃあ、借りてくるから」


 僕はそれだけ言って彼女の横を通り過ぎた。彼女の顔を見たくなかった。



 田崎さんの今日の分のワークが終えたというので図書館を出る。


「ねえ、佐々木くん。聞いてもいい?」

「なにを?」


 そっけないなって自分でも思う。でも他になにも言えなかった。


「美海ちゃんだったら、部屋に入れてた?」

「もちろん」


 そう答えるのは間違いだって、きっと誰もいい気分にならないだろうなってわかってたけど。けどそれ以外の答えは僕にはない。
 僕は自分で頑張って綺麗にした部屋を美海に(詩音にも)見せて頑張ったんだよって言いたい。


「なんで?」

「なんでだろう」


 そんなの知らない。知らないけど。僕にとって美海と田崎さんは違う。

 それをうまく言える気はしない。


「田崎さんにとって、僕とニャンタカは違うでしょ」


 それじゃあとだけ言って、僕は家に向かった。田崎さんは立ち尽くしている。

 僕はびっくりするくらい優しくない。あーあ。



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