詩音と海と温かいもの
 夜も食べていくと言うから四人で買い出しに行った。帰ってきて詩音ちゃんには荷解きをさせて、美海は手伝い、夜には飯の支度を手伝わせる。

 数年かけて仕込んだ甲斐があって、夜はだいぶ手際が良くなった。美海の旦那になる男が家事しないとか、料理の面で美海に迷惑をかけるとか、俺としては本当に許せないのだ。


「匠海さん、パエリアそろそろ良さそうですよ」

「いや、もうちょいかな」


 スプーンですくって味見させると、夜は難しい顔で首を傾げた。


「ほんとだ、芯がある。良さそうに見えるのに」

「まだだよ。もうちょい米が全体的にふっくらするまで待ってろ」


 夜に洗い物を任せてサラダを作り、スープをかき混ぜる。

 やがてパエリアもできて、美海も詩音ちゃんも来たから夜に配膳させた。


「二人ともどうぞ」

「わ、ありがとう夜。美味しそう」

「すごい、夜、料理できるようになったんだ」

「匠海さんに教わってるんだ。料理ができない男は美海に相応しくないってさ」

「お兄ちゃん、何言ってるの」

「匠海さんに教わったら絶対に美味しいじゃん。いいなー。私も料理上手な彼氏ほしいな」


 子供らはわいわい騒ぎながら手を合わせて食べ始めた。

 美海は相変わらず「おいしい、おいしい」と食べていて、夜は目を細くしてそんな美海を見ながら食べていた。

 詩音ちゃんはまたちょっと泣きそうになりながら食べていて、何かヤだなあ。子供なんだから笑顔で楽しく過ごしていてほしいのに。


「詩音ちゃん、うまい?」

「はい、おいしいです。ありがとう、匠海さん」

「いーえ、お口に合ってよかったよ」


 無理矢理だったけど、笑ってくれて良かった。


 食後の後片付けは子どもらに任せて、俺はさっさと風呂に向かった。

 風呂から上がったら夜が帰るところだったので手を振った。


「詩音ちゃん、明日の朝は何食いたい?」


 夜を見送ってから聞くと、詩音ちゃんは困ったように首を傾げた。


「私は何でも」

「よくないよ、詩音」


 美海がニヤッと笑った。


「ごはん作るときに、何でもって言われるのが一番困るんだから。パンケーキとサンドイッチならどっちがいい?」

「えっと、じゃあパンケーキ」

「だってさ」

「任せとけ」


 二人の頭を撫でて、自分の部屋に戻った。


 春休みはだいたい二週間。けど俺は来週には引っ越しがある。明日からは荷造りもしなきゃな。

 一階から美海と詩音ちゃんの声が聞こえた。

 そういうのが聞こえるのもあと一週間かと思うと、ちょっと寂しい気がした。
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