詩音と海と温かいもの
 夜の家を出たところで匠海さんが立ち止まった。


「夜と何話してたんだ?」

「夏にもおいでって言われてました。また遊園地行こうって」

「それだけ?」

「それだけです。夜は前よりずっと優しくなったから」

「……そうだね」

「美海が優しいから、たぶん夜にもそれが移ったんです。美海が夜や私に優しくしてくれるのは、匠海さんが優しいからだと思います」

「そんなこと」

「あるんですよ」


 掴まれた手を握り返した。


「匠海さん、私が泣いていたとき、手を引いてくれましたよね。すごく嬉しかったんです」


 それが、どれだけ嬉しかったか。

 暗闇の中で、光が差したように感じた。


「魚って冷蔵庫にありますか?」

「ないから、買いに行こうか」

「はい。アイスも買いましょう。ごはんのあとに、美海と夜と一緒に食べたいです」


 そう言って歩き出すと、匠海さんがゆっくり着いてきた。


「俺にもちょうだい」

「一緒に選びましょう」

「……引っ越してもたまに飯食おう」

「私、匠海さんとごはん食べるの好きだから楽しみにしてます」

「それ、社交辞令?」

「それが言えるなら、私、実家からこんなに嫌われていないと思う」


 ゆっくりゆっくり、手をつないだまま二人でスーパーに向かった。


 私には親と手をつないで歩いた記憶なんてない。

 たぶん、だから匠海さんの手を離せないんだろう。

 温かくて大きい、私にようやく差した光を、手放すなんてできなかった。 
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