詩音と海と温かいもの
 その後は二、三日かけて部屋の片付けをした。詩音ちゃんの荷物は靴箱の上に置いておく。

 四日目の朝、なんか寂しくなってスマホをいじってたらアドレス帳に詩音ちゃんの名前があった。

 スマホの上で指をさまよわせて、散々迷った末に伏せてトイレに向かった。戻ってきたら、詩音ちゃんからの不在着信が残っていた。


「タイミング悪」


 苦笑して折り返したら、詩音ちゃんはすぐに出た。


『あ、すみません、忙しかったですか?』


 慌てたような声に、つい口元が緩んだ。


「ううん。トイレ行ってただけ。なんかあった?」

『明日、寮に戻るので匠海さんの都合のいい時間を教えてほしくて』

「いつでもいいけど」


 ふと顔を上げて時計を見た。まだ朝だから、今から小崎町に行けば昼前には着く。

 詩音ちゃんと駅前で昼飯を食べて電車に乗れば、夕方には部屋に戻ってこれるな、なんて。


「詩音ちゃん、今日って美海や夜と約束ある?」

『ないです』

「寮っていつから入れるんだっけ」

『明日からです』

「……今日、迎えに行くって言ったら迷惑かな」


 スマホの向こうで戸惑ったような気配がした。

 それで我に返る。

 何言ってるんだ俺は。

 妹と同い年の女の子に甘えて。


『あの、そうなったら私はどこに泊まることになるんですか?』

「俺の部屋。親父が置いていった寝袋あるし。……ごめん、嫌だよね。無しで。えっと、明日はいつでも大丈夫。詩音ちゃんの都合のいい時間で」

『今日がいいです』


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 今日がいい? 何が?


「えっと、それは」

『匠海さんが今から小崎町に来たら、何時くらいに駅に着きますか?』

「昼前には着く」

『わかりました。荷物をまとめておきます』

「……うん、ごめん」

『何がですか?』

「わがまま言ったから」


 スマホの向こうで笑い声が聞こえた。


『匠海さんが無しにしようとしたのに、詩音が無理言ったんだよ。匠海さん、迎えに来てよ。……すみません、つい』

「……うん、行く。すぐ行くから待ってて」


 通話を切って、スマホをポケットに突っ込んだ。

 財布と鍵と上着をつかんで、部屋を飛び出した。



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