詩音と海と温かいもの
 電車に乗ったところで詩音ちゃんに連絡した。

 一応実家にも連絡を入れたら、母さんと美海からすぐに『おっけー』『急なんだから!』と返事が来た。

 詩音ちゃんからも


『電車が着くくらいに駅に行きます!』


 と返ってきて安心した。

 車窓を眺めると、ぼんやりとした俺の顔が映っていた。

 昨日切ったばかりの短い髪。

 新しいカミソリにちょっと負けて赤くなってる頬。

 やけに光って見える瞳。

 なんつーか、すげー張り切ってるみたいだ。

 なんでだよ。

 それを言ったら、「今日迎えに行く」って言っちゃってる時点でなんでだよって感じだけど。


 小崎町まで、いつもよりやけに長くかかった気がしたけど、やっと着いて電車から降りた。

 改札を出ると詩音ちゃんが大きく手を振っていて、その後ろから美海と夜もやってきた。


「もー、お兄ちゃん、いきなりなんだから」

「匠海さん、早くもホームシックなんだ?」

「うるせーな、二人して。ごめん、詩音ちゃん。急で」


 やかましい妹と夜を手で追い払って、詩音ちゃんから旅行カバンを受け取った。


「いえ、用意はしてあったから大丈夫です。迎えに来てくれて、ありがとうございます」

「いーよ。じゃあ、行こうか」

「はい! 美海、夜、またね。夏休みに遊びに来るから」


 詩音ちゃんが言うと、美海がしょんぼりした顔で手を振った。


「うん。絶対だよ。お兄ちゃん、何が何でも詩音のこと連れて帰ってきてね」

「またね、詩音。手紙書くから」

「ありがと、私も返事書くね」


 改札を抜けて、詩音ちゃんはもう一度二人に手を振った。

 ホームに向かうと、ちょっと悲しそうな顔をしていた。


「ごめん。俺が急に来たから、ちゃんと二人と話せなくて」

「ううん。私が匠海さんに会いたかったから」

「……あのさ」


 やってきた電車に乗り込みながら、詩音ちゃんを見た。

 彼女はこてっと首を傾げて俺を見上げている。

 小崎町に来たときに乗ったボックス席に座ると、窓の外で美海と夜が手を振っていた。

 詩音ちゃんと振り返すと、二人は嬉しそうに手をぶんぶん振り回している。

 やがて、電車が走り出して、美海と夜が見えなくなった。


「あのさ、さっき電話したとき、『匠海さん、迎えに来てよ』って言ってくれたじゃん」

「す、すみません。つい勢い余って」

「いいよ、それで。詩音ちゃんに敬語使われると、何か変な感じするし。美海はまあ妹だからだけど、夜も俺に気い遣わないし。普通に喋って」


 詩音ちゃんはしばらく俺を見て、口を開きかけては閉じ直していた。

 二駅くらい過ぎたところで、意を決したように口を開いた。


「ありがと、匠海さん。あのね、詩音、嬉しかったんだよ。匠海さんが手を引いてくれたのも、迎えに来てくれたのも。だからもう謝らないで?」

「わかった。ところで詩音ちゃん、昼飯は何がいい?」

「えっとね、じゃあ、カレーがいい」

「カレー?」

「うん。駅の近くにインドカレー屋さんがあったんだ」

「マジか、行こう」


 詩音ちゃんは嬉しそうに笑っていて、やっぱりこの子が笑顔だと安心する。

 妹や夜もそうだけど、子どもにしょんぼりされるのはどうにも苦手だった。


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