詩音と海と温かいもの
「お腹いっぱい! 食べ過ぎたあ」

「ナン食い放題だったから、ついあれこれ食っちまったなあ。いや、でもめっちゃ美味かったわ」

「もー無理。苦しい。匠海さん、抱っこ」

「俺も無理。屈んだら出るって」


 詩音ちゃんが笑いながら手を伸ばすから、俺はその手を取って部屋に向かった。

 小さな手がキュッと握り返してきて、思ったより力強くて、それがやけに嬉しい。

 並んで俺の部屋まで行って、二人でベッドにもたれかかって座り込んだ。


「すごい、ちゃんと片付いてる」

「頑張って片付けたんだよ。まーそもそもそんなに散らかす方でもないしさ」

「そうだよね。お家も片付いてたし、美海もきれい好きだし。ねえ、匠海さん、入学式っていつ?」

「明後日。その後は一週間くらいオリエンテーションだってさ」


 大学から送られてきた書類を引っ張り出してきた。

 詩音ちゃんは俺の手元を覗き込んで、「ふうん」と頷いた。


「忙しくなる?」

「さあ? 最初はそうでもないと思うけど」

「あのね、社交辞令じゃないんですよ」

「なにが?」


 なぜかうつむいた詩音ちゃんを覗き込むと、顔を背けられた。

 つい体を起こして追いかけたら、真っ赤な顔で睨まれて、心臓が変な音を立てた。

 ギクシャクしながら、さっきより少し距離を取って座り直す。


「ご、ごめん」

「いいけどさ、だからね、詩音言ったでしょ。『匠海さんとごはん食べるの好きだから楽しみにしてます』って。本当に楽しみにしてるからね」

「わかった。さしあたり今夜の晩飯どうしよっか」


 そう聞いたら、詩音ちゃんは眉を下げた。


「お腹いっぱいすぎて考えられない……」

「俺もだよ」


 詩音ちゃんが笑って、俺は手を伸ばさないようにするので必死だった。
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