詩音と海と温かいもの

05. 隠れが:矢崎詩音は逃げる場所を確保した

 寮に戻る日の朝、私……矢崎詩音は床の上で目を覚ました。


「詩音ちゃん、何でそんなところで寝てるんだよ」

「匠海さん、おはよ」


 ふわふわと欠伸をして起き上がると、寝袋から匠海さんがのそのそと這い出てきた。



 ――昨晩寝る前に、ベッドと寝袋をどちらが使うかで揉めた。


「匠海さんのベッドなんだから、匠海さんが使ってよ」

「女の子を床で寝かせられないよ」

「じゃあ一緒に寝てよ」

「それはダメ。狭いし、いろいろとアレだし」

「アレ?」


 結局匠海さんが寝袋で寝たけど、私一人でベッドにいるのも気まずいし寂しくて、夜中に目が覚めたときに寝袋とベッドの間に潜り込んで寝直した。

 そして、先に起きた匠海さんが目を丸くして私を起こしたのが、冒頭。



「だって一人でベッドで寝るの寂しいんだもん」

「だからって床で寝なくたって」

「寒い」

「そりゃそうだ」


 匠海さんは私を軽々と抱えてベッドに乗せた。

 すごい、力持ちだ。

 それに温かい。

 腕を伸ばして匠海さんの首にしがみついた。


「匠海さん、今何時?」

「まだ五時過ぎ」

「じゃあ、詩音もうちょっと寝る」

「うん。……離して」

「やだ、匠海さんも一緒に寝てよ。寒くて一人じゃ寝られないから」

「……はー」


 匠海さんは少しため息をついて、私を抱え直してベッドに横になった。

 私は手探りで掛け布団を探して、自分と匠海さんにかけた。


「匠海さん、おやすみ」

「おやすみ、詩音ちゃん」


 背中を優しくとんとんされて、私はあっという間に眠ってしまった。
 次に目が覚めたら、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。顔の横には匠海さんの胸があって、くっつくと温かい。

 上を見ると匠海さんの顔があった。

 顎にちょっと髭が伸びてて、触るとジョリジョリして……うん、匠海さん、男の人だ。

 腕を伸ばして抱きつくと、背中が広くて胸板が厚い。

 なんか、胸がそわっとした。


「匠海さん、起きて」

「ん……」


 ぎゅうっと強く抱きしめられた。

 ちょっと苦しいけど、嫌じゃないから胸元に顔をくっつけて目を閉じた。


「ん……、わっ、ごめんっ」

「あ、起きた? いいよ、大丈夫」


 もう一度、匠海さんの胸に顔をすり寄せてから、ゆっくり起き上がった。

 匠海さんは赤い顔で私から体を離した。


「詩音ちゃん……」

「なあに?」

「や、なんでもない。俺ちょっとシャワー浴びてくるわ」

「うん。詩音は顔洗って着替えてるねえ」

 バスルームに向かう匠海さんを見送ってから、私は洗面所で顔を洗って歯を磨いて着替えた。
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