転生したら捨てられ公爵夫人になったので放置生活を楽しみます~使えない才女ですので、どうぞお気になさらず~
 少しガタのきはじめている馬車を走らせて畑の多い開けた場所に出ると、畑仕事中の領民たちがこちらをチラチラと窺っているのがわかる。
 好奇心だけはまだまだあるようだが、どの人たちも体つきはあまり良い状態には見えない。
 わたしはさっきの紙をシータリアへと差しだした。

「グリモワールを出してちょうだい、シータリア」
「はい。〝グリモワール〟」

 シータリアがグリモワールと唱えると、その手には青い表紙のグリモワールが現れた。青は水や氷属性を意味する。
 シータリアのものは特に氷の属性が強いのか、薄らと冷気を纏っているように見える。
 シータリアは手渡された紙を迷いなくグリモワールへ挟み込んだ。

「それで、次は何をすればよろしいですか?」
「グリモワールを剣に重ねたら上に向けて。そうね。あの雲に向かって魔法を打ってちょうだい。いつもの魔法剣の要領で〝クラウドシーディング〟と。もし可能なら他のいくつかの雲にも続けてね」

 わたしの言葉に糸目を見開いたルイス。「え? え?」と、わたしとシータリアを見比べながら驚いている。
 ラズはそれすらも理由がわからず困惑している。

「む、無理でしょう!? そんなもので魔法が発動するわけがないじゃないですか!」

 そんな言葉をフル無視してシータリアはグリモワールを自身の剣に重ね合わせた。

「承知しました。では、〝クラウドシーディング〟」

 シータリアが唱えながら魔法剣となった刃を上に向けると、冷たい冷気が上空へと吸い込まれるように上がっていく。白い糸のようなそれは空に浮かぶ雲を捕まえては場所を移して繰り返す。

「いけるかな? あ、どんどんやってちょうだい」

 アリアージュとシータリアのしていることがさっぱりわからないラズが、こっそりとルイスに尋ねる。

「……あの、アリアージュ様とシータリア様はいったい何をなさっているのでしょうか?」
「は? いや。自分にも、さっぱり? というか、どうしてあんな使い方で魔法が発動するんだ!?」

 何が起こっているのか全くわからないとぶつぶつ呟きながら頭を抱えている。
 グリモワールは持って生まれた者にしか使うことのできない魔術書だ。だからこそ学園で魔法を学び、自らの手でグリモワールの中に魔法陣を書き写し増やしていくことが大事なのだった。
 それなのにシータリアが、わたしの手渡した紙で新たな魔法を使っているところを見てしまい、ルイスは今までの魔法感が大きく揺らいでしまったように見える。
 しばらくぼけっと上を見ていたルイスが、何も起こる気配のない空に、……もしかしてこれはおちょくられているのか?と思い始めたところ、白かった雲がゆっくりと重く暗い色へと変わっていく。そして――。

「え? あ……雨!?」
「降った!?」

 確かに、頬にあたる雫は空から降ってきた雨だ。ここ最近は全くといっていいほど降らなかった雨が、ようやく降り始めたようだ。
 突然の雨に、畑仕事の領民から、「雨だ! 雨が降った!」と喜びの声が上がる。「領主様の奥様が雨を降らせてくれた」と大はしゃぎだ。
 ラズは久しぶりの雨にすっかり夢中になっているので、わたしは持ってきた傘を自分で開いてさした。

「あ、あのっ、アリアージュ様、これはいったい!?」

 驚くルイスにどうやって答えようか考える。

「ええとね、雲に雨の種まきをしたのよ。雲次第なところもあるから、上手くいくかわからなかったけれども、雨が降ってよかったわ」

 このクラウドシーディングは前世での人工降雨の原理。
 簡単に言えば雨の生成条件を外的要因、つまりは核になる粒子を雲の中に入れ込むことで発生させる。
 雨の降らせ方で記憶を検索した時に真っ先に出てきた方法だ。
 前世ではドライアイスを空中散布したり、ヨウ化銀を煙状にして雲に向けたりするやり方など様々だったが、シータリアの青いグリモワールが水と氷の属性のため、わたしは手っ取り早く氷の粒子をそのまま雲に到達させることを選んだ。
 使用した魔法陣は、王宮の禁書庫で読んだことのあるグリモワールの〝魔法体系図〟の中のふたつを組み合わせたもの。勿論禁書庫の本なので、一般には絶対に閲覧不可の魔法陣なのだが、都合のいい魔法を検索したら出てきてしまった。
 そこだけはトリステット王子と婚約していた時のただひとつの利点よね。

「あんなこともできるんですね、アリアージュ様の魔法陣は」
「ふたつの内のひとつは簡単な通常魔法なのだけれどね」

 要は、前世と今世の知識の組み合わせが大事だということ。思いのほか上手くいったので、ちょっと嬉しくなる。
 そんなわたしとは対照的に、ルイスはいまだ驚きを隠せない。糸目は元に戻ったようだが、シータリアとの会話を聞いてよけい困惑したみたいに頭を掻きむしった。

「ど、ど、どうやって……いや、おかしい。おかしいでしょう!? その魔法……。なんだって、グリモワールにない魔法が発動って? しかもアリアージュ様が?」

 自分では小さく呟いているつもりなのだろうが、はっきりと聞こえているから。

「あー……。ねえ、ルイス。これにはちょっと理由があって、ね。でもまあ、いいじゃない。とにかく雨は降ったのだから」

 わたしの返事に、何を言っているんだ? と疑いの視線を向けてくる。
 ああ、これは一から説明しなくちゃダメなやつかしら?
 どこからどこまで話せばいいかなと考えながら、帰り道の馬車の中で話しましょうと提案すると、ルイスは思い切り頷いて馬車の扉を開いた。
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