転生したら捨てられ公爵夫人になったので放置生活を楽しみます~使えない才女ですので、どうぞお気になさらず~
あらまあ、どこかで聞いたような悪口を。
そう考えていると、トランが言葉を言い切ったのと同時に、シータリアの剣が彼の胸元に向いた。慌てて一歩体を引いたトランだが、目だけはわたしから離さない。
さて、この誤解をどうやって解こうかしら。
そう思っている間に、ラズが泣きながらトランの背中を叩いた。
「お兄ちゃん、ア、アリアージュ様に失礼よ! ……アリアージュ様は、わだしだぢの、ごどを……ヒック、思っでぇ……」
涙でぐちゃぐちゃになりながら、ラズはベチベチと叩き続ける。正直、全く痛くはないだろうなと思うくらいの張り手だが、兄の立場からしたら泣き続けられる方が痛かったらしい。
「いや、おい。だって、ラズ、お前が……。わかった、わかったから。ごめん、悪かった」
「アリアージュざまに、あやまっでよぉお」
ぐずぐずと泣き続けるラズに困り果てたトランは、そこでようやくわたしに向かい謝罪の言葉を口にした。どうも王都から嫁いできた貴族のわたしが、田舎の平民である妹をこき使っているのではないかと思っていたらしい。
それは、最初にパメラが流した噂に問題があったのだが。
ラズは住み込みで屋敷にいてもらっているから、なかなか会えなくて心配するのもわかるが、とんだ言いがかりだ。この際、もっとラズに叱られてしまえばいいのに、と思うことにする。
涙が落ちついたところでラズにお茶を持ってきてもらうように頼み、わたしは今日一番伝えたかった話を続けた。
「あなた方の耕作地を奪うつもりではないのよ。実はね、ほらここ。この南西の空いた土地をわたしたちに使わせてほしいの」
「は? あの、ここは開墾もまだ手つかずの土地でして、石も多く、一から畑にするのは人手もかなりかかると思うのですが」
地図の上でわたしが差したその場所は、ルーブ川からも遠く、その支流も届かないほどのところだ。当然開墾は畑にしやすい場所からするものだから、今現在ほったらかしになっているということは、まあそういうことだろう。
でも、わたしには魔法陣とルイスの黄グリモワールという強い味方がある。掘削で天地返しをして石を取り除くくらいの魔法ならばすでに検索して用意済みだ。
「わかっています。そのうえで使わせてもらいたいの」
「……はあ」
「ここにはまずサツマイモとカボチャを植えるつもり。特にサツマイモは痩せた土地でも作りやすいし、連作障害も起こりにくい作物だわ。何よりも栄養価が高く保存が利く。苗も頼んであるからもうすぐ届くはずよ」
「奥様はよくご存じですね。確かにわしらが子どもの頃はまだまだサツマイモが主食としてよく食べられていました。収穫してすぐに食べられますんで、掘り起こす手伝いも嫌ではなかった覚えがあります」
「そうそう。熾火にくべて焼き芋にすると甘くて美味しいのよね。わたしも大好きよ、サツマイモ。勿論カボチャもね」
焼き芋にスイートポテト、カボチャは小豆のいとこ煮、パンプキンパイも美味しいのよねえ。
懐かしい味を思い出してうっとりとしていたら、皆にジッと見られていた。
「貴族の奥様も焼き芋など食べられるのですか……」
「ええと、まあ。そうね。美味しいものを食べるのに貴族も平民もないわよ」
ほほほ、と貴族然とした微笑みでごまかす。……ごまかせているわよね。
「ごほっ、んっ。しかし、それなりの広さのある土地です。奥様のご意見に反対というわけではございませんが……開墾ができたとしても、今さらサツマイモを植えるよりも、小麦か大麦の方がよろしいのではありませんか?」
至極真っ当な意見だと思う。税金として納められる麦の取引がその領での収入に繋がるのだから、領内にお金を呼び込みたいのならば麦を作るべきだろう。
けれどもそれだけではダメなのだと思う。それがこの〝虹のグリモワール〟という乙女ゲームの世界観にも関係する。
〝虹のグリモワール〟をわたしはプレイしておらず、通りいっぺんの流れしかしらないが、多分これからゲームが始まっていく中で、おそらく王国内では魔獣被害が拡大していくようになるはずだ。
レトラシカ公爵領ではエルヴァン様もかなり頑張ってくれているとは思うが、世界全体で見たところで乙女ゲームの強制力に大きく逆らうのは正直難しいと思う。
ヒロインや攻略対象者たちの尽力により魔獣被害が収束していく予定とはいえ、王都や他の地域との物の流通が止まる可能性は考えておかなければならない。
それこそゲームが始まって一年目の今なら、まだ手の打ちようがある。
そもそも魔獣被害が大きくなればなるほど土地は荒れる。物理的に荒らされるだけでなく、魔獣の瘴気のようなものが土地を痩せさせていくらしい。それはこのレトラシカ公爵領の土地の痩せっぷりが証明していることでもある。
少なくともこの秋以降の食料をある程度領内で抱え込み、それを継続していくこと。それがこの計画なのだ。
「いいのよ。とりあえずこちら側はわたしに任せてもらえるかしら? ただ、作物の手入れまでは手が足りないから、できればポルトには手伝ってくれる人の手配をお願いしたいの。勿論、お手当は用意します」
「……よろしいのですか?」
「ええ。まず今年から再来年まではわたしが新しい農地を責任持って管理します。それ以降は条件によっては耕作権の分配も考えています」
わたしの言葉に、ポルト、そしてトランが大きく目を見開いて驚いた。
この世界では農地の所有権は基本全て領主のものだ。そのうえで一部の農民に耕作権や占有権を渡して作物を作らせて税収を得ている。
初代公爵が入領し開墾し始めた時はいざしらず、三圃制をしいてからはある程度の農地の耕作権をいくつかにまとめただろうから、現在の農民はほぼ小作人のはずだ。
その小作人たちに耕作権を分けると言っているのだからそれはびっくりしただろう。
「お、奥様……本当、ですか?」
「条件を満たしてもらえればね。だからその気とやる気のある人材を紹介してちょうだい。今の小作地との兼業になるだろうから、それもふまえて」
そう言ってトランを見ると、期待に満ちた目で、グッと拳を握っていた。
よしよし。シスコン気味で直情型だけれども、やる気と体力はありそうな若者ゲットかな。
まずは麦以外の生産力を増やしていって、徐々に特産となる作物も作っていきたいのだ。
特に、いつ稼働できるかもわからない鉱山の斜面を使えるぶどう栽培なんていいわね。上手くいけばそのうちに自家製ワインを片手に読書なんて夢もある。
……あ、凄くいいかも。
その悠々自適な生活のためにも、いまは少しの投資と努力も大事だ。
ポルトに新たな耕作地の人員を約束してもらい、帰りは正面玄関からと言っても固辞されたので、使用人扉まで見送るためにわたしも一緒に図書室を出た。ところで――。
そう考えていると、トランが言葉を言い切ったのと同時に、シータリアの剣が彼の胸元に向いた。慌てて一歩体を引いたトランだが、目だけはわたしから離さない。
さて、この誤解をどうやって解こうかしら。
そう思っている間に、ラズが泣きながらトランの背中を叩いた。
「お兄ちゃん、ア、アリアージュ様に失礼よ! ……アリアージュ様は、わだしだぢの、ごどを……ヒック、思っでぇ……」
涙でぐちゃぐちゃになりながら、ラズはベチベチと叩き続ける。正直、全く痛くはないだろうなと思うくらいの張り手だが、兄の立場からしたら泣き続けられる方が痛かったらしい。
「いや、おい。だって、ラズ、お前が……。わかった、わかったから。ごめん、悪かった」
「アリアージュざまに、あやまっでよぉお」
ぐずぐずと泣き続けるラズに困り果てたトランは、そこでようやくわたしに向かい謝罪の言葉を口にした。どうも王都から嫁いできた貴族のわたしが、田舎の平民である妹をこき使っているのではないかと思っていたらしい。
それは、最初にパメラが流した噂に問題があったのだが。
ラズは住み込みで屋敷にいてもらっているから、なかなか会えなくて心配するのもわかるが、とんだ言いがかりだ。この際、もっとラズに叱られてしまえばいいのに、と思うことにする。
涙が落ちついたところでラズにお茶を持ってきてもらうように頼み、わたしは今日一番伝えたかった話を続けた。
「あなた方の耕作地を奪うつもりではないのよ。実はね、ほらここ。この南西の空いた土地をわたしたちに使わせてほしいの」
「は? あの、ここは開墾もまだ手つかずの土地でして、石も多く、一から畑にするのは人手もかなりかかると思うのですが」
地図の上でわたしが差したその場所は、ルーブ川からも遠く、その支流も届かないほどのところだ。当然開墾は畑にしやすい場所からするものだから、今現在ほったらかしになっているということは、まあそういうことだろう。
でも、わたしには魔法陣とルイスの黄グリモワールという強い味方がある。掘削で天地返しをして石を取り除くくらいの魔法ならばすでに検索して用意済みだ。
「わかっています。そのうえで使わせてもらいたいの」
「……はあ」
「ここにはまずサツマイモとカボチャを植えるつもり。特にサツマイモは痩せた土地でも作りやすいし、連作障害も起こりにくい作物だわ。何よりも栄養価が高く保存が利く。苗も頼んであるからもうすぐ届くはずよ」
「奥様はよくご存じですね。確かにわしらが子どもの頃はまだまだサツマイモが主食としてよく食べられていました。収穫してすぐに食べられますんで、掘り起こす手伝いも嫌ではなかった覚えがあります」
「そうそう。熾火にくべて焼き芋にすると甘くて美味しいのよね。わたしも大好きよ、サツマイモ。勿論カボチャもね」
焼き芋にスイートポテト、カボチャは小豆のいとこ煮、パンプキンパイも美味しいのよねえ。
懐かしい味を思い出してうっとりとしていたら、皆にジッと見られていた。
「貴族の奥様も焼き芋など食べられるのですか……」
「ええと、まあ。そうね。美味しいものを食べるのに貴族も平民もないわよ」
ほほほ、と貴族然とした微笑みでごまかす。……ごまかせているわよね。
「ごほっ、んっ。しかし、それなりの広さのある土地です。奥様のご意見に反対というわけではございませんが……開墾ができたとしても、今さらサツマイモを植えるよりも、小麦か大麦の方がよろしいのではありませんか?」
至極真っ当な意見だと思う。税金として納められる麦の取引がその領での収入に繋がるのだから、領内にお金を呼び込みたいのならば麦を作るべきだろう。
けれどもそれだけではダメなのだと思う。それがこの〝虹のグリモワール〟という乙女ゲームの世界観にも関係する。
〝虹のグリモワール〟をわたしはプレイしておらず、通りいっぺんの流れしかしらないが、多分これからゲームが始まっていく中で、おそらく王国内では魔獣被害が拡大していくようになるはずだ。
レトラシカ公爵領ではエルヴァン様もかなり頑張ってくれているとは思うが、世界全体で見たところで乙女ゲームの強制力に大きく逆らうのは正直難しいと思う。
ヒロインや攻略対象者たちの尽力により魔獣被害が収束していく予定とはいえ、王都や他の地域との物の流通が止まる可能性は考えておかなければならない。
それこそゲームが始まって一年目の今なら、まだ手の打ちようがある。
そもそも魔獣被害が大きくなればなるほど土地は荒れる。物理的に荒らされるだけでなく、魔獣の瘴気のようなものが土地を痩せさせていくらしい。それはこのレトラシカ公爵領の土地の痩せっぷりが証明していることでもある。
少なくともこの秋以降の食料をある程度領内で抱え込み、それを継続していくこと。それがこの計画なのだ。
「いいのよ。とりあえずこちら側はわたしに任せてもらえるかしら? ただ、作物の手入れまでは手が足りないから、できればポルトには手伝ってくれる人の手配をお願いしたいの。勿論、お手当は用意します」
「……よろしいのですか?」
「ええ。まず今年から再来年まではわたしが新しい農地を責任持って管理します。それ以降は条件によっては耕作権の分配も考えています」
わたしの言葉に、ポルト、そしてトランが大きく目を見開いて驚いた。
この世界では農地の所有権は基本全て領主のものだ。そのうえで一部の農民に耕作権や占有権を渡して作物を作らせて税収を得ている。
初代公爵が入領し開墾し始めた時はいざしらず、三圃制をしいてからはある程度の農地の耕作権をいくつかにまとめただろうから、現在の農民はほぼ小作人のはずだ。
その小作人たちに耕作権を分けると言っているのだからそれはびっくりしただろう。
「お、奥様……本当、ですか?」
「条件を満たしてもらえればね。だからその気とやる気のある人材を紹介してちょうだい。今の小作地との兼業になるだろうから、それもふまえて」
そう言ってトランを見ると、期待に満ちた目で、グッと拳を握っていた。
よしよし。シスコン気味で直情型だけれども、やる気と体力はありそうな若者ゲットかな。
まずは麦以外の生産力を増やしていって、徐々に特産となる作物も作っていきたいのだ。
特に、いつ稼働できるかもわからない鉱山の斜面を使えるぶどう栽培なんていいわね。上手くいけばそのうちに自家製ワインを片手に読書なんて夢もある。
……あ、凄くいいかも。
その悠々自適な生活のためにも、いまは少しの投資と努力も大事だ。
ポルトに新たな耕作地の人員を約束してもらい、帰りは正面玄関からと言っても固辞されたので、使用人扉まで見送るためにわたしも一緒に図書室を出た。ところで――。