転生したら捨てられ公爵夫人になったので放置生活を楽しみます~使えない才女ですので、どうぞお気になさらず~
 パメラに知られるとなんとなく面倒くさいことになりそうなので、誰にも話さず黙ってわたしの部屋に男の子を運び込む。
 そしてまずは汚れを落とすためにお風呂に入れた。幸いわたしの自室にはお風呂があるので、そこは問題ない。
 服を脱がした時はおとなしかったので油断してしまったが、お湯が体にかかった途端、飛び上がるほど動き回ったため、わたしたちもびしょ濡れになった。結局シータリアとラズの三人がかりでなんとか捕まえ洗うことに成功した。
 石けんを使いピカピカに磨き上げた結果、男の子の髪は輝く糸のような白さになりふわふわと風になびき、肌は雪のような白とお餅のようなもちもち感を取り戻した。
 凄い。これはちょっとないくらいの可愛らしさだ。洗った服が乾くまで、わたしの手持ちのショールを使い古代ローマのトーガのように巻き付けてみたら、もう天使だった。

「いやー、可愛い! ね、見て!」
「お、お……お人形さんのようです」
「私もここまで美しい子どもは見たことがありません。……けれども、アリアージュ様。本当にこの子はどこからやってきたのでしょうか?」

 そこが本当に謎だ。
 さっき体を洗った時に確認したが、土埃で薄汚れていたものの、この子の体には痣ひとつ、傷ひとつ付いてはいなかった。勿論縛られたような痕もない。
 ということは、人さらいにさらわれてきたという可能性も少なくなる。そういった状況ならばどうしたって傷のひとつも付きそうだ。

「草を食べていたいぐらいだから痩せているとばかり思っていたけれど、栄養状態も悪くないものね」

 子どもらしいぷくぷくとした頬に血色の良い肌。どう見ても健康優良児そのものである。
 そうすると、あと考えられそうなことといえば……。

「……隠し子?」

 どこかの貴族が愛人と作った子どもを隠しているとか? もしくは若い令嬢や夫ある身の貴族夫人が人目を避けて産んだ子か?
 王都で稀に噂に乗るような子どもを、人目を避けてレトラシカ公爵領付近で隠し育てているのでは。それならばこの男の子のように美しい子どもがこんな田舎にいてもおかしくはない。

「ああ、それならば納得がいきますね」
「そうでしょう? だって、こんなにも可愛らしい子どもなのだもの」

 シータリアはわたしの言葉に深く頷いているが、ラズには今ひとつピンときていない。
 美しければそれだけ嫁や婿の話が立ちやすいのが貴族というものだ。
 それに見た目や言葉の遅さはともかく、この子が本当に貴族の子で五歳という年頃であれば、そろそろグリモワールを顕現させることができる頃でもある。
 それを確認してから正式に子どもとして受け入れる手続きをする予定なのかもしれない。
 体に巻き付けている布が不思議なのか、ぺろんとめくっては離す、を繰り返しながら遊んでいる男の子。その姿を見ているだけでほっこりした気持ちになる。

「ほらほら。服が乾くまではこのままですよ」

 ラズが男の子をなだめてくれる。
 とりあえず重要なのは、この子が隠し子だというのならば、その隠している保護者が誰なのかということだ。

「レトラシカ公爵領に別荘か何かを持っている貴族の名前を公爵に尋ねてみたらいかがですか?」
「そうね。それを確認するにあたっても、わたしよりはエルヴァン様のお名前の方がいいわね」

 隠し別荘の場合、書類に残さず口頭での約束もあり得るからと、シータリアとの会話を男の子が聞いていた。

「なまえ……? エル、ヴァン? なまえ? ヴァン……。ヴァン。ヴァン……!」

 ヴァン、ヴァン。と、はしゃいで自身のことを指さした。

「え?」
「は?」
「まさか……? ね、ねえ。僕の名前は? 本当に、ヴァンっていうの? ……エルヴァン様の、ヴァンなの?」
「アリアージュ様!? さすがに、それは……」

 止めようとするシータリアを押し戻して、男の子の前に膝をついて尋ねる。すると男の子はニコニコと笑いながらもう一度自分を指さして「ヴァン」と言い、そのままわたしに小さな指を向けて「アリア?」と呼んだ。
 ああ、もうこれは黒確定じゃない?
 あのエルヴァン様の美貌であれば、これほどに綺麗で可愛らしい子どもが生まれるのだなと感心までしてしまう。まあ、目つきも口元も似ているところはあまりない気もするけれど。そこは母親似なのかもしれないわね。
 しかしわたしに対しては『君を愛するつもりはない』だなんて言っておいて、ご自分は隠し子を作っておいでですか、そうですか。
 甥っ子に跡を継がせるという話は何だったのだろうか。
 いや、待って。自分の子どもに跡を継がせるつもりがないからこそ、ヴァンをあんなふうにほったらかしにしていたのだとしたら?
 さすがにそこまで人道に反する人だとは思えないけれど……。ただそれでも、少なくともわたしにとってはとても酷い人だ。
 魔法も使えないのに魔獣退治に奔走し、頑張っている人だと思っていただけに、エルヴァン様の株はわたしの中で急落した。
 殿下に婚約破棄をされた時も、エルヴァン様に愛するつもりはないと言われた時もこれほどまでに気分を害したことはない。
 自分が心安らかに本を読むためとはいえ、公爵領のために結構頑張っているのに。と軽く口を尖らしていたら、ヴァンがわたしの頬を両手でむにっと押さえた。

「アリア。だっじょーぶ?」

 何これ、可愛い!
 コテンと首を傾けるヴァンの姿が可愛すぎて目が癒される。その気持ちはシータリアもラズも同じようで、ヴァンの仕草に釘付けだ。
 なんだか怒っている自分がどうでもよくなりそう。
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