転生したら捨てられ公爵夫人になったので放置生活を楽しみます~使えない才女ですので、どうぞお気になさらず~
「大丈夫よ、ヴァン。お腹は減ってない? お風呂に入るのを頑張ったから、ご褒美にお菓子を食べましょうか」
「おかし?」
「そうよ。甘くて美味しいの。一緒に食べる?」
「うんっ!」

 元気よく返事をしたかと思うと、そのままわたしに抱きついてきた。
 可愛いーっ!
 ふんわりとした髪が頬にあたってくすぐったいやら嬉しいやらでにやけてしまう。
 ま、いいわ。たとえヴァンが本当にエルヴァン様の隠し子でも、こんなに愛らしいのだからわたしも可愛がることができる。
 子どもに罪はないもの。
 わたしたち女性三人で「可愛い。可愛い」と騒ぎながら、そのままテーブルに着いた。

 出されたお菓子を子リスのように口いっぱいにほおばって食べていたヴァンが、わたしの膝の上でうとうとし始めると、突然コンコンコンコンッ、と部屋の扉が連続ノックされた。
 わたしは推しを愛でている時間を邪魔されたような気分で「どうぞ」と声をかける。
 すると、ヘロヘロに疲れ果てたルイスが力なく扉を開けて入ってきた。

「……お、わりました。アリアージュ様……ようやく。全部、です」
「え? ああ、水路よね。お疲れ様、ルイス」

 そういえば完成が近いと話していたところだった。
 今日のうちに済ませてしまったのならば相当急いだのだろう。予定よりかなり早い。でもこれでいざという時の水が確保できた。
 そのうちルーブ川に水が戻れば、水路も川から水が引けるように継ぎ足せばいい。立派な用水路の完成だ。

「あなたの頑張りのおかげでレトラシカ領の皆が助かるわ。本当にありがとう」
「アリアージュ様……。いえ、アリアージュ様のお力がなければこれほどまでの溜め池と水路は作れませんでした」
「いいえ。実際に足を運んで魔法を使ってくれたのはルイスですもの」

 ねぎらいの言葉に感動したのか、ルイスは顔を上に向けて固まっている。
 今では初めの頃にわたしに向けてきた嘲笑じみた視線は全くなくなっている。
 確かにルイスはよく頑張ってくれた。今までの苦労の内のひとつでも荷を下ろせたことは良かったと思う。
 で、も。ヴァンのことを黙っていたことは少し、いいえだいぶ気に入らない。
 わたしはヴァンの柔らかい髪を撫でながら思った。
 エルヴァン様の隠し子なら、侍従であるルイスが知らないわけがないでしょう。それを隠して「この子たちの未来のために」なんて言ったのだとしたらちょっとくらいは意地悪してもいいんじゃないかしら?
 わたしは、それでね、と言葉を続ける。

「次は新しい土地の開墾をお願いしたいの。あ、魔法陣と地図はもう用意してあるわ。南西の未開墾の土地なのだけれど、わかるでしょう。もうすぐオビチェに頼んだ苗もやってくるから、明日からすぐにでも動いてもらってもいいかしら?」
「え、アリアージュ様?」
「だって、未来のために必要なのですもの。わかってくれるわよね。結構な広さがあるから大変だけれど、ルイスの魔法だけが頼りなの。だからあなたが言っていたように、この子のような立場の子が草を食んで生きていかなくてもいいレトラシカ公爵領のために頑張りましょう!」

 有無も言わさずたたみかけ、船をこぎ始めているヴァンを抱っこしてルイスに見せてやった。

「どう? それで、この子に見覚えはないかしら?」
「ん? え、あ……この子、あの」

 どうよ。言い逃れできないでしょう? と、鼻息荒くしながら見ていると、ルイスはきょとんとした顔で「どこの子ですか?」と尋ねてきた。
 いやもう、この期に及んで図々しい。
 ええい、とヴァンの顔をしっかりとルイスに見えるように近づけた。
 半分寝ているようなので、目は開いていないが顔立ちの美しさはじゅうぶんわかるだろう。

「どう見てもこの子、貴族の子どもにしか見えないでしょう? だから、ね」
「あ、まさか……」

 わたし、わかっているのよ。と、鼻で笑うと、ルイスが口元に手を置いて驚きの声をあげた。

「アリアージュ様の、あの、もしやトリステット殿下とのお子様で……?」
「違うわよっ! エルヴァン様の隠し子なんでしょう?」
 条件反射的に声をあげてしまった。
 そして一拍の沈黙のあと、わたしとルイスは同時に「そんなことあるわけがないでしょーっ!」と窓ガラスがビリビリと音を立てるほどの大声を上げた。
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