転生したら捨てられ公爵夫人になったので放置生活を楽しみます~使えない才女ですので、どうぞお気になさらず~
わたしたちの声に驚いたヴァンは目を覚ましたのと同時にわたしの手から飛び降りてカーテンの陰に隠れてしまった。何度もおいで、と声をかけても、フー、フー、と威嚇するような声を出してカーテンから離れない。
ルイスが怖いのかしら?
そう考え、ラズにヴァンを任せるとわたしたちは図書室へと移動した。
そして、まず真っ先にルイスに伝えたのは――。
「だから、どうしてヴァンがわたしと殿下の子どもなんて話になるのよ。気持ち悪い」
そんなことを考えられただけでも寒気がする。クリスティアはともかく、わたしはトリステット殿下とはエスコートすらほとんどしてもらったことがないというのに。
「え、いや気持ち悪いって……その。あまりにも大事そうに抱き上げていられましたし、この子のために頑張れとおっしゃったので、つい」
「だからそれは……ヴァンがエルヴァン様のお子様だからでしょう?」
ヴァンが、というところからこっそりと声を潜めた。さすがにこれは公爵家の行く末にも関係することだから、ルイス以外には誰にも聞かせたくない。
しかしそれを耳にしたルイスは首が取れるんじゃないかと思えるほどの高速で首を横に振る。
「それは、絶対にあり得ません。誓ってもいいです。エルヴァン様はグリモワールを持たない自分が公爵位につくことを望んでおらず、前公爵のご長男であるカイゼル様へ跡を継がせるために、絶対に女性とそうなることを、避けていまして。その……女性とは、まだ一度も……」
「え、あのお顔で?」
「はい。あの顔で」
思わず心の声が漏れてしまった。
ただしそれはルイスも同様だ。よし、このことは聞かなかったことにしよう。
しかしエルヴァン様は身体強化も使わずに王国随一との呼び声高い剣術の腕を持っているにもかかわらず、グリモワールを持たないことによるコンプレックスというものは相当なもののようだ。
前世の記憶を取り戻す前のわたしもあまり人のことは言えないが、それ以上に根深そうに思える。
初代公爵からの日記を読んでいて、領民のために魔法を使ってあげている記述があったが、飲み水を出しただの、身体強化で一緒に開墾を手伝っただのくらいしかなかった。
しかしエルヴァン様にとっては、それすらもできない自分に不甲斐なさを感じているのかもしれない。
……三十歳まで……ならば魔法が使えるようになる。
なんてファンタジーがふと頭の中に浮かんでしまった。
ダメダメ。さすがにそれを口に出さない程度のデリカシーは持ちあわせている。
「んぐっ、ん。とにかく、ルイスもヴァンのことは知らないのね」
「あっ、はい。一度エルヴァン様が戻られた時に確認いたしますが、おそらくエルヴァン様もお知りにはならないと思います」
「万が一とは思うけれども、前公爵の……ということはないのかしら?」
前公爵が亡くなったのが五年前ということは、十分にその可能性もある。
「……前公爵夫妻は大変仲のよいご夫婦でしたので、それはないかと」
「尋ねることは……」
「前公爵がお亡くなりになってから前夫人はご心労から体調を崩してご実家で静養なさっていますから」
「それは、無理ね」
そういった事情ではこれ以上負担はかけられない。わたしは、ふうと息を吐いた。
どちらにしてもこのままヴァンをあんな裏庭のわらくずの中にいさせられるわけもなく、わたしは彼をしばらくの間面倒をみることにした。幸い部屋には寝室も水回りも付いている。
たとえ訳ありであっても、エルヴァン様が戻るまで人目に付くことなく世話もできる。
「仕方がないから当分はここでわたしが面倒をみます。一応屋敷の使用人たちには、エルヴァン様のお知り合いの子どもを預かっていると、ルイスの口から伝えておいてちょうだい。他言はしないようにと付け加えてね」
わたしから伝えると根も葉もない噂をくっつけてまたパメラがうるさそうなので、そこはルイスに丸投げした。
「それから、このことについてエルヴァン様と一度お話ができるようにしてほしいの、ルイス」
「はい、わかりました。それでは明日にでも自分がエルヴァン様の下へ行って……」
「あ、それはいいわ。帰ってきてからでじゅうぶんよ。ルイスにはそれよりもさっき言ったとおり、畑の開墾を急いでほしいの。あなたならできるわ。頑張ってね」
取り出した魔法陣をまとめて渡すと、ルイスの顔が引きつった。魔力が、疲れが、とか何とか言っていたので、体力回復の魔法陣もそっと添えた。
「これなら属性関係無しに使えるから大丈夫」
そう言って笑うと、ルイスはちょっとだけ涙目で天を仰いだ。
ルイスが怖いのかしら?
そう考え、ラズにヴァンを任せるとわたしたちは図書室へと移動した。
そして、まず真っ先にルイスに伝えたのは――。
「だから、どうしてヴァンがわたしと殿下の子どもなんて話になるのよ。気持ち悪い」
そんなことを考えられただけでも寒気がする。クリスティアはともかく、わたしはトリステット殿下とはエスコートすらほとんどしてもらったことがないというのに。
「え、いや気持ち悪いって……その。あまりにも大事そうに抱き上げていられましたし、この子のために頑張れとおっしゃったので、つい」
「だからそれは……ヴァンがエルヴァン様のお子様だからでしょう?」
ヴァンが、というところからこっそりと声を潜めた。さすがにこれは公爵家の行く末にも関係することだから、ルイス以外には誰にも聞かせたくない。
しかしそれを耳にしたルイスは首が取れるんじゃないかと思えるほどの高速で首を横に振る。
「それは、絶対にあり得ません。誓ってもいいです。エルヴァン様はグリモワールを持たない自分が公爵位につくことを望んでおらず、前公爵のご長男であるカイゼル様へ跡を継がせるために、絶対に女性とそうなることを、避けていまして。その……女性とは、まだ一度も……」
「え、あのお顔で?」
「はい。あの顔で」
思わず心の声が漏れてしまった。
ただしそれはルイスも同様だ。よし、このことは聞かなかったことにしよう。
しかしエルヴァン様は身体強化も使わずに王国随一との呼び声高い剣術の腕を持っているにもかかわらず、グリモワールを持たないことによるコンプレックスというものは相当なもののようだ。
前世の記憶を取り戻す前のわたしもあまり人のことは言えないが、それ以上に根深そうに思える。
初代公爵からの日記を読んでいて、領民のために魔法を使ってあげている記述があったが、飲み水を出しただの、身体強化で一緒に開墾を手伝っただのくらいしかなかった。
しかしエルヴァン様にとっては、それすらもできない自分に不甲斐なさを感じているのかもしれない。
……三十歳まで……ならば魔法が使えるようになる。
なんてファンタジーがふと頭の中に浮かんでしまった。
ダメダメ。さすがにそれを口に出さない程度のデリカシーは持ちあわせている。
「んぐっ、ん。とにかく、ルイスもヴァンのことは知らないのね」
「あっ、はい。一度エルヴァン様が戻られた時に確認いたしますが、おそらくエルヴァン様もお知りにはならないと思います」
「万が一とは思うけれども、前公爵の……ということはないのかしら?」
前公爵が亡くなったのが五年前ということは、十分にその可能性もある。
「……前公爵夫妻は大変仲のよいご夫婦でしたので、それはないかと」
「尋ねることは……」
「前公爵がお亡くなりになってから前夫人はご心労から体調を崩してご実家で静養なさっていますから」
「それは、無理ね」
そういった事情ではこれ以上負担はかけられない。わたしは、ふうと息を吐いた。
どちらにしてもこのままヴァンをあんな裏庭のわらくずの中にいさせられるわけもなく、わたしは彼をしばらくの間面倒をみることにした。幸い部屋には寝室も水回りも付いている。
たとえ訳ありであっても、エルヴァン様が戻るまで人目に付くことなく世話もできる。
「仕方がないから当分はここでわたしが面倒をみます。一応屋敷の使用人たちには、エルヴァン様のお知り合いの子どもを預かっていると、ルイスの口から伝えておいてちょうだい。他言はしないようにと付け加えてね」
わたしから伝えると根も葉もない噂をくっつけてまたパメラがうるさそうなので、そこはルイスに丸投げした。
「それから、このことについてエルヴァン様と一度お話ができるようにしてほしいの、ルイス」
「はい、わかりました。それでは明日にでも自分がエルヴァン様の下へ行って……」
「あ、それはいいわ。帰ってきてからでじゅうぶんよ。ルイスにはそれよりもさっき言ったとおり、畑の開墾を急いでほしいの。あなたならできるわ。頑張ってね」
取り出した魔法陣をまとめて渡すと、ルイスの顔が引きつった。魔力が、疲れが、とか何とか言っていたので、体力回復の魔法陣もそっと添えた。
「これなら属性関係無しに使えるから大丈夫」
そう言って笑うと、ルイスはちょっとだけ涙目で天を仰いだ。