転生したら捨てられ公爵夫人になったので放置生活を楽しみます~使えない才女ですので、どうぞお気になさらず~
 想像もしていなかった言葉に、エルヴァン様の目が大きく見開いた。
 ……美形は何をしても絵になるわね。

「レトラシカ公爵邸を案内していただいた時に軽く確認をさせていただきましたが、なかなかに珍しい蔵書がございました。やはり由緒正しい公爵家ですわね。できれば図書室の近くにわたしの部屋を設えていただき、好きな時に好きなように本を読ませていただきたいと存じます」
「……本。そんなもので、君はいいのか?」

 エルヴァン様が驚いたように聞き返す。そんなものとは失礼な。

「ええ、勿論です。それに本は、そんなものなどと呼ぶようなものではございませんよ。本というものは過去より送られし叡智の源、未来へと送るべき知識と経験の輝きですわ。この世界の中で最も敬意を払うべきうちのひとつです」

 自分でも早口になってしまうのがわかる。だって、王子の婚約者という立場では好きなことを人前で勝手に話すことも止められていたから、本について話をできることなんてめったになかったのだもの。
 エルヴァン様は、王都へ戻らなくてもいいのか? と呟いているようだがとんでもない。
 そもそも婚約破棄の原因となった元婚約者のトリステット殿下と実妹のクリスティアからは、二度と王都へ戻ってくるなと念書を書かされている。とても簡易的だがこれも契約の魔法がかけられているため、殿下の了承が出なければわたしに罰則がついてしまう。
 そのうえ会って話をしたいほどの親しい友人もいなければ、流行も何も興味がない。
 わたしが求めてもやまないものがあるとしたならばただひとつだけ。
 それこそが――本だ。
 どうせ王宮書庫の本は隅から隅まで全て読み尽くしてしまったし、もう全部覚えてしまったのでわざわざ王宮にいる必要はない。
 だから、王都に未練はない。新しい本が欲しければ取り寄せればすむことだ。
 むしろ古い家柄のレトラシカ公爵家に並ぶ本たちの方が、わたしにとって興味は尽きない。

「君がそれでいいのならば、図書室の鍵を渡しておこう。ルイス、後で鍵を公爵夫人へ持っていくように。それから、明日までに図書室の向かいの客室を夫人の私室に整えておいてくれ」

 エルヴァン様が側に立つ糸目の侍従、ルイスに声をかける。エルヴァン様とそう歳の変わらなさそうなルイスは、「はい」と一言返事をして、わたしへと笑顔を向けた。
 口元だけが上がっている笑顔のままこちらを見ている姿が少しうさんくさいと感じたが、そんなことよりも図書室の鍵だ。本のことを考えると、早く読みたいと、心が浮き立ってくる。

「ありがとうございます! あ、わたしのこともどうぞアリアージュとお呼びください。エルヴァン様がおっしゃるように、形だけでも夫婦ですものね」
「……そうしよう。アリアージュ」
「わたし、エルヴァン様とのお約束、必ず守らせていただきますわ。絶対にエルヴァン様を煩わせないと心から誓います」

 最初にエルヴァン様の提案を聞いた時は、なんとふざけたことを言ってくるのかと思ったが、よく考えれば考えるほど、わたしにとっては利しかなかった。
 公爵夫人としての責務を何も果たさなくてもいいのに、本は読み放題だという。
 なんという贅沢なのかしら……!
 ここが天国かと思うほどの待遇に、ついうっとりとしてしまう。わたしは笑顔で感謝を伝えることを忘れない。
 生まれて初めて幸せを感じた瞬間かもしれない。頬は上気し、瞳は自然とうるうるとしてしまう。

「……ッ、ああ」

 こちらを見て、一瞬声を詰まらせたエルヴァン様と、なぜかそれにニヤつくルイス。
 エルヴァン様のコホン、という咳払いに我に返ったわたしは、これだけは言わないといけないことを思い出した。

「あ、それからもうひとつだけお願いが。王都からの契約行商の中に、わたしの知己である本屋を入れていただけると助かります」
「それは、まあ構わないが……本当に君の要望とは、それでいいのだな」

 エルヴァン様の返事にわたしは頷く。そしてブーケを横に置き、椅子からゆっくりと立ち上がるとドレスの裾をつまんで会釈した。

「はい。ですからエルヴァン様も、どうぞわたしのことはお気になさらずに」

 決してお邪魔はいたしません。と、にっこり笑う。
 そして礼拝室から出るために踊るようにドレスの裾をひるがえしたところで、あっとエルヴァン様へ振り返った。

「ああ、支払いはご安心を。ご存じでしょうがわたし、王家との婚約破棄の違約金がございますので自分の本代くらいは自分で払いますわ」

 そう言うと、ウエディングドレス姿のまま、顔の前で親指と人差し指で円を作ってみてみせた。
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