ロマンスに、キス



「俺、食えるものないわ」



後ろ。

すぐ、背中の向こう側。


低くて、ぶっきらぼうで、一切取り繕う気のない声。



「ねえ、ちょっとくらい私に合わせようと思ってくれないの?」



チッ。


短くて、はっきりした舌打ち。



――見なくたって、わかる。



佐野だ。
佐野が、すぐ後ろにいる。


背中に、じわっと汗がにじむ。
店内は暑くもないのに、手のひらが、じっとりと湿っていく。


会いたくない。声だって、聞きたくなかった。


だって、嫌いだから。


胸の奥が、きつく締め付けられる。

あの、トラウマの男よりも、嫌いかもしれない。
それくらいに、強く、強く。


もう会わないつもりだった。
はっきり、そう言った。



「体調、悪い?」



目の前の優くんの心配そうな顔を見て、はっと我に返る。

……違う。
後ろの人間なんて、どうだっていい。


今、向き合うべきなのは、優くんだ。今、あたしの隣にいる人。

そう言い聞かせる。


やっと見つけたんだから。あたしに似合う人を。ちゃんとあたしを大切にしてくれて、かわいいって言ってくれる人を。
誰よりも幸せになるって、決めたんだから。


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