ロマンスに、キス



あたしはナイフでパンケーキを一口サイズに切る。
指先に力を込めて、それをフォークですくい上げる。


……いける。
大丈夫。


そう思って口に運ぼうとした瞬間、喉の奥が、きゅっと縮んだ。


だめだ。

今、入れたら、吐く。


はっきりと、そうわかってしまった。



「優くん、ごめん。ちょっと、お手洗い行ってくるね」



声は、ちゃんと笑っていたと思う。

たぶん。


幸い、お手洗いはこちら側だった。

後ろの席の人――佐野の前を通らずに済む。


トイレに入った途端、胃の奥から込み上げてくるものを、必死に押し殺す。吐き気をこらえたまま、洗面台に手をつく。


顔を上げて、鏡を見る。


……えずいた。


あたし、今、どんな顔してた?


震える唇。
息が浅くて、肩が上下している。


ゆっくり、もう一度、顔を上げる。


そこにいたのは、あたしじゃない、みたいな顔だった。


全然、かわいくない。


目に光なんて、一切なくて。
いつもより目が小さく見えて、唇はリップを塗っているはずなのに、血の気がなくて青白い。
髪の毛だって、ちゃんと整えたはずなのに、ぐちゃぐちゃに見えた。



……そんなわけない。


だって、優くんは、かわいいって言ってくれた。何度も。


鏡の中のあたしに、そう言い聞かせる。


かわいい。
あたしは、かわいい。


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