ロマンスに、キス



「もう帰ります。邪魔してごめんなさい。佐野とお似合いですね」



できる限りの、天使みたいな笑顔を作って言う。

口角を上げて、目を細めて、“かわいい私”を最後まで貫く。


優くんのことなんて、そのときは、これっぽっちも頭になかった。


荷物を掴んで、振り返らずに店を飛び出す。



……なんで、あたしは、うまくできないんだろう。


どうして、いつもこうなるんだろう。
ちゃんとやってるのに。
間違えないように、選んでるのに。


なんで、あたしが、見下されないといけないの。



あたしだけ。
あたしだって。
あたしのほうが――。



嫌い。
嫌い。

大嫌い。

ムカつく。


キス、してきたくせに。あたしといると、楽しいっていったくせに。それなのに、なんで今、隣にいないの。


なんであたしは、佐野じゃない男といるの。



ぐちゃぐちゃな思考の中で、後ろから足音が近づいてくる。


振り向いた瞬間、胸が、ぎゅっと痛んだ。



「一千華ちゃん、待ってよ。車で帰ろうよ」



……違う。


待ってない。その人じゃない。
あたしが待ってたのは、優くんじゃなかった。



胸が苦しい。
息がうまく吸えない。
痛い。



でも。


やっぱり、泣きたくない。


もう、これ以上、惨めな思いなんて、したくないの。


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