ロマンスに、キス



一歩も引かない視線。火花が散りそうなほど、真正面から。

そのくせ。

首から下げていた黒いヘッドフォンを、指先で軽くつつきながら、



「お前も、MV見る?」



なんて。

怒ってるのか、誘ってるのか、それともただの思いつきなのか。
声の温度が、まるで読めない。
ほんとうに、意味がわからない。

短気で、マイペースで、言葉の順番はめちゃくちゃで。

人の感情を踏み荒らしてる自覚も、たぶん、ない。

なんで、なんであたしが、こんな男に振り回されてるの。

胸の奥で、怒りと呆れと理解不能が、ぐちゃぐちゃに絡まっていく。


最悪。


段ボールを抱え直しながら、ひと呼吸おく。
肺いっぱいに空気を入れてから、感情を冷ますように、冷たく言った。



「……見ない。帰って、ひとりで見れば?」



声の温度は、できるだけ一定に。
これ以上、踏み込ませないための線を引く。

彼は一瞬だけこちらを見てから、



「あ、そう」



それだけ返して、私の顔から視線を外した。

たったそれだけなのに、胸の奥で、心拍が変に乱れる。

速くなったり、遅くなったり。一定だったはずのリズムが、噛み合わなくなる。


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