転生した赤ちゃん皇女さまは家族のために暗躍します~冷酷皇帝一家の天才幼女がどんな事件も解決でしゅ!~

28.私がこれまで見た知識

 娘のグレンダがいなくなり、少しして。
 グレンダの館へ突然の来客があった。

「アルバート様、シャルウッド殿下とボルツ殿下がお見えでございますが……」

「ふたりが? 一体何の用だ」

 この館に両殿下だけが訪れるとは珍しい。
 大抵はグレンダが連れてきた時だけなのに……。

「グレンダ様にお頼みの例の件とのこと……コーヒーと魔法のご教授についてのようで」

「……むむっ」

 コーヒーは表の交易も裏の密輸でもアルバートの大事業だった。
 表で売り込みながら、裏で稼ぐ……コーヒーは目玉商品だ。

 しかもどうやら軽い覚醒作用や中毒性もあるらしく、アルバートもグレンダも愛飲していた。

 魔法もボルツの世話をしていたのは、今後を見据えてのこと。
 レインを追い落とすまで、あのふたりは依然として重要だった。

「グレンダはコーヒーと魔法をきっかけにボルツを取り込むはずだった。ふぅむ、追い返すのはちともったいないか」

 グレンダが不在ということでふたりを追い返すのは簡単だ。
 しかしあのふたりは……今後もキーマンになる。

(それに娘の手綱を握るには、俺も動かねばな……)

 アルバートはちらっとテーブルの上にいるモナックを見やった。

 うつ伏せになって寝ているように見える、皇室の守護精霊。
 この猫の始末をつけたら、グレンダはますます増長するだろう。

 アルバートとグレンダは共犯である。
 もちろん娘を信頼しているが、グレンダの資質は危険極まりない。

 あのレインのためなら、父であるアルバートを切って捨てるかもしれない。
 いざという時の保険に、シャルウッドとボルツとの仲を構築するのは悪くない選択のはずだ。

「よし、貴賓室へ丁重に案内しろ。グレンダは不在だが……お前とお前、ついてこい」

 アルバートは最上階の部屋にいる魔法使い三人のうち、ふたりを指名した。
 殿下ひとりにつき魔法使いひとり、マンツーマンで魔法の教授もさせれば良い。

(この部屋にはひとり腕の立つ人間を置いておけば十分だろう)

 グレンダもほどなく帰ってくるはず。それにまさか……この館に突撃してくるような愚か者はいないだろう。

 アルバートは邪悪な笑みを浮かべながら、魔法使いを連れて階下に向かう。

「ぐふふ……もう少しだ。俺が帝国の主になるまで、小僧どもの機嫌を取っておくか」

 ◆

 アルバートと魔法使いふたりが、最上階の部屋を離れた。
 そこにひょこっと私が顔を出す。

 全ては作戦だ。カミルに実行してもらった計画が上手くいった――。
 カミルはレインを動かし、肝心のグレンダを引き剥がした。

 そしてシャルウッドとボルツも協力してくれて、館の主であるアルバートを部屋から遠ざけてくれたのだ。

(しかも護衛まで引き離すなんて、やるでしゅね)

 細かいところは時間がなかったので、アドリブで進めている。
 どういう機転を利かせたのか、部屋には護衛がひとりだけ。

「ふぁ〜……」

 しかもひとりになって、大あくびをかましている。

 まぁ、どう考えても暇な仕事だ。
 部屋にはひとり、モナックは……窓から見ると魔法と首輪と鎖で繋がれている。

(あれが元凶でしゅね……っ!)

 私は背に色々な道具を仕込んだバッグを抱えて、部屋の中を確認していた。

 護衛はひとり。部屋の中には悪趣味なきらきらグッズがたくさん。
 今の私はあの、無貌の賢者の姿をしていた。

 いや、てるてる坊主そっくりの白い布を被っているだけだけど。
 空いている目の部分から部屋を入念にチェックする。

 部屋の中央には頑丈そうな扉がひとつ。窓にも当然、鍵がかかっている。
 だけど窓ガラス自体は最上階の仕様で、全く厚くはなさそうだ。

(甘く見すぎでしゅよ……!)

 ガラスを割るには物理的に殴り付けるのが一番早い。

 しかし、それでは大きな音が鳴る。
 実は……大して音を鳴らさないでガラスを割る手段があるのだ。

(映画の知識でしゅけどねっ!)

 部屋の護衛は今、明後日の方向を向いている……。
 私は壁に張り付きながら、ちょうどまとまったカーテンに隠された窓ガラスの隅へ向かって、目をぺかーっとさせた。

 人間虫眼鏡、再びである。

 猛烈な、馬車の車輪をも発火させた熱が窓ガラスへ注がれる。
 薄い窓ガラスは膨張に弱い。熱で炙れば割れてしまう。

 ぺぺかー!

 しかも、これだと音もしない……。
 魔法使いは背後で私が窓ガラスを割ろうとしているのに、呑気なものだ。

 ミシッ、ピシッ……!!
 最小限の音でガラスにヒビが入り、隅っこが割れる。

「ん……?」

 ちらっと覗くと、部屋にいる魔法使いが振り向いていた。
 急いで窓ガラスの割れ目を手袋した手で広げる。

 割れた面積は大人ならまだ全然通れないほど。でも一歳児には大きいくらいだ。

「なんだ、音がしたような……」

 私は窓を通り抜け、たばねたカーテンの後ろで待ち構えていた。

「ここか?」

「はぶぅっ!」

「は?」

 たばねたカーテンをどかしてみたら、真っ白な布の無貌の賢者がいた。

 これに驚かない人間はいないだろう。
 一瞬、敵の魔法使いの動きが止まる。そこを見逃す私ではない。

 ぱっこーんと顎にアッパーカットを叩き込む。

 完璧に入った。
 この魔法使いもそれなりの腕だったろうに……一撃で意識を失い、倒れ込む。

(ふっふふ……油断大敵でしゅよ)

 ささっと部屋に侵入する。そのまま警戒しながらモナックのいるテーブルにまで忍び寄ると――はっとモナックが頭を持ち上げた。

 無貌の賢者変身セットを脱いで、私はモナックに再会する。

「にゃうっ!」

「だうっ!」

 喜ぶモナックに対し、私はその身体を抱きしめた。

 そのままもっふもふと……異常はなさそうだ。
 鎖付きの首輪以外、何にも変わっていない。

 テレパシーを送ってみるが、モナックから返答はなかった……。

 鎖を持ってみると、凝縮されたグレンダの魔力を感じ取れる。
 この鎖と首輪がモナックのテレパシーも完全に封じているのだろう。

(で、どうすればいいかって言われるとでしゅね……)

 昨夜、屋根からではモナックの詳しい状態はわからなかった。
 今もどうすればさっさと首輪を外せるのかと言うと――。

「にゃぅっ……!」

 モナックが低く唸りながら、テーブルの下を前脚で指す。

 多分、モナックが示しているのは鎖の根元だ。
 覗くと、そこには木の板があった。

 密輸現場に置いてあったような、符号の札に材質が近い。
 その木の板に鎖が取り付けられているのだ。

「ばーぶ……」(つまりこれをでしゅね……)

「にゃっ、にゃにゃん!」

 モナックが前脚を持ち上げ、テーブルにしゅしゅっと振り下ろした。
 空手のチョップみたいに。

「ばぶっ、だぁっ!?」(こう、こうやって叩き割るでしゅか!?)

「にゃん!」

 私が空手チョップを真似ると、モナックが物凄い勢いで頷く。

 わかった。モナックの作戦で行こう。
 私はテーブルから飛び降りて、木の板に向かい合う。

 ほんのりと薔薇の香りがして、グレンダの魔力がここにも強烈に宿っている。

「ふーっ……」

 息を整え、構える。
 もちろん構えはカンフー映画そのままだ。

 木の板、瓦……今まで何百枚もそれらが叩き割られるシーンを見てきた。
 右の拳に渾身の魔力を込めて、少し腰を落とす。

「ばぶぅーっ!!」(アチョーッ!!)

 全身全霊を込めた一撃に、グレンダの魔力が込められた木の板が粉々に壊れた。
 ぶわっと魔力の波が広がるが、仕方ない。この木の板は壊さないといけなかった。

 木の板が粉砕されると鎖と首輪の魔力も霧散していくのがわかる。
 怨念、束縛、呪い……ぞっとするような負の想念が大気中に散り、無へと還っていった。

 同時に温かいモナックの思念が頭に飛び込んでくる。

『ありがとにゃー!』

『わーんでしゅ! 心配したでしゅよー!』

 モナックが首輪を投げ捨て、テーブルから私の身体に飛び込んでくる。
 その勢いと重さを抱きしめ、私は身体を擦り付けてくるモナックを撫で回した。

『大丈夫でしゅよね?』

『にゃー。拘束されただけだから、身体は何ともないのにゃ。でも……』

 ぐぅう〜〜とモナックのお腹が鳴る。

『お腹が空きまくったのにゃ!』

『よしよし、かわいそうにでしゅー!』

 空腹以外は何もないようで本当に良かった。

『本当はすぐにでもご飯を食べさせて上げたいでしゅけれど、ちょっと待ってもらえましゅですか?』

『それは構わないにゃけど――ささっと逃げなくていいのにゃ?』

 モナックが今の状況に気が付いたようだ。護衛は倒したとはいえ、ひとりだけ。
 館にはアルバートとグレンダの手の者がたくさんいる。

『それなんでしゅが、このままのほうがいいんでしゅ』

『にゃうん……?』

 私は背負っていたバッグを床に下ろす。そこにはたくさんの小さな袋が入っていた。
 それらの袋をぽいぽいっと取り出し、テーブルのそばに置いていく。

『なんにゃ、その袋は――あっ、あの変な匂いのする豆にゃん!』

『そうでしゅ。あたちたちでゲットした密輸品のコーヒー豆でしゅ』

 そう、これらの小袋はソーニャに急いで用意してもらった密輸の押収品である。
 処分されずに残っていたのはまさに幸運だった。

『ますますわからないのにゃ。この豆の袋をこいつらに返すのにゃ?』

『ある意味ではそうでしゅね』

 アルバートとグレンダは密輸を邪魔されて、さぞご立腹だろう。
 なのでこのタイミングで返してあげるのだ。

 五感に集中すると、階下が慌ただしくなってきているのがわかる。

 私が木の板を破壊した、魔力の波動を察知したのだ。
 まもなくアルバートたちが踏み込んでくるに違いない。

 私は小袋をばらまいてから、床に寝転がった。

『よし……でしゅ! モナック、いいでしゅか?』

『何にゃーん?』

『これからあたちはめちゃくちゃ泣くでしゅけど、心配しないででしゅ!』

『にゃあ……? わ、わかったのにゃ!』

 準備は整った。
 私はこれまで隠し隠し魔法を使っていたわけだけど、ついにそれをやめる。

 思い切り、腹の底から。
 館の外にまで響き渡るほどの大音量であればあるだけいい。

「ふぅ、ふぎゃゃああーーん!!」

 赤ん坊に戻った気分で泣きわめく。

 もうそりゃ全力で。
 とにかく泣きまくる……そういう作戦なのだ。

 モナックが耳をぺたりとして、驚きの目で私を見ているけれど――しょうがない!
 これが作戦なのだから!
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