愚か者の後悔

追憶 ②

ホーエン王国が建国して一年、様々な手続きを終えて国王アレクシスと王妃フリーデリケの戴冠式が華々しく行われた日、亡国となったルクセル国王妃バーバラ殺害未遂の罪で廃位となった元ルクセル国王リチャードの病死がひっそりと発表された。
以降その日は、ホーエン王国の建国と、醜聞にまみれたルクセル王家の滅亡を祝う祝日となっている。

国中で知らぬ者の無い悲恋の物語が実話であり、その犠牲者が国防の要であり国内一の騎士団を擁する名門公爵家の公女と跡取りの公子だと知れ渡ると、加害者と明らかになったルクセル国王リチャードと王太子ジョージと不貞相手のエルサ嬢の為した人を人とも思わぬ非道な所行に民衆の非難は高まっていった。
そして高位貴族家が次々とルクセル王家への不支持を表明し始めた頃、王太子ジョージとエルサ嬢の病死の発表と共に、リチャード国王とその母である前王妃によるバーバラ王妃への非道な暴力や殺害未遂の数々が告発された。

前国王ヘンリーと身分を超えた真実の愛と持て囃されていた前王妃の隠されていた悪行は詳らかにされ、更に数年前に幽閉先の孤島から結婚以来お気に入りだった [輝く金髪に翡翠色の瞳を持った] 護衛騎士と共に姿を消したことを知らされた国民は、国を挙げてあれほど持て囃したにも拘らず、手のひらを返したように嫌悪するようになっていった。
そして、お飾りの王と囁かれていたリチャード王に対し、国内外からの絶大な信頼と人気を誇るバーバラ王妃の殺害未遂の動機が、側妃を王妃に取り立て、その上王妃の実家ガレリア家の財産と後ろ盾をも手放さない為の浅ましく愚かなものだと知った人々は怒り、国民の心は瞬く間にルクセル王家から離れていった。

そんな過酷な王家の中にあっても、善政を敷き身を粉にして国民に尽くしたバーバラ王妃と、その身を挺してリチャード国王の非道な暴力からバーバラ王妃を救い、それが原因で聾唖となってなお数多の殺害の計画からバーバラ王妃を懸命に守り抜いたシェリル側妃の固い絆が裁判により明らかになると、人々はその美談に心酔した。

リチャード国王の廃位を受け、ブレナン女大公となった私、ビアンカ第一王女とルイス第二王子、チャールズ第三王子と共に王位継承権を放棄し、王籍から離れることを発表した。
それに伴い国名もホーエン王国と改められる事が議会で決まり、新たな国王には前国王ヘンリーと一卵性の双子の弟と明かされたアレクシス・フォン・ホーエン公爵が、カッセル侯爵家を除く全ての高位貴族家の支持と推薦を受けてホーエン国王として即位したのだった。
カリスマ性を備えた新国王アレクシスと、隣国オルレシアン王家の血を引き、バーバラ王太后を育て上げた賢夫人と名高い新王妃フリーデリケ率いるホーエン王国を、人々は熱狂的に受け入れた。
こうして無血のクーデターは成り、醜聞に塗れたルクセル王家は終焉した。

あれから半世紀。
先月崩御したフィリップ国王を最後に、あの激動の時代を共に潜り抜けた人々は皆、私を置いて旅立ってしまった。


◆◆◆
隣国オルレシアン王国のダリス公爵家から王太子として迎えたフィリップ殿下は、オルレシアン国チャールズ国王とマリアンナ王妃の第一王女であるダリス女公爵と、アレクシス国王とフリーデリケ王妃の長男であるドミニク閣下の元に誕生した次男である。
たった十歳で一人故郷を離れてホーエン王国の王太子としてやって来たフィリップ殿下は、初めこそ心細い様子だったが、実の祖父母に愛情深く慈しまれ、実の叔父と国民からの信頼厚い王太后に支えられてめきめきとその頭角を現し、あっという間に周辺諸国にさえ一目置かれる存在になっていったのだ。
また、フィリップ王太子殿下はダリス公爵夫妻譲りのボードゲームの達人であり、バーバラ王太后とは王宮きっての好敵手と評判で、二人の対戦が始まると王宮内のボードゲーム好き達はこぞって見学にやって来るようになった。

王妃時代はもとより、王太子の婚約者として王宮に上がって以来一分の隙も無く常に張り詰めた様子だったバーバラ王太后が見せるようになった柔らかな雰囲気に、子どもの頃から見守っているアレクシス国王、フリーデリケ王妃を始め周囲は安堵した様子だった。
私は今まで見たことのなかったお母様の心からの笑顔を、トビアス閣下と互いに顔を見合わせながら微笑ましく見守っていた。

アレクシス国王は朗らかながら冒し難い厳格さも併せ持っており、臣下たちの言葉にも耳を傾けながら国の為に尽くし、曲者ぞろいの高位貴族たちをその笑顔と話術で篭絡し纏め上げた。
フリーデリケ王妃は嫋やかに微笑みながら巧みな交渉術を発揮して家門を担う貴婦人たちのほとんどを手中に収め、社交界を華やかに牽引していく様は見事の一言に尽きた。
竹馬の友であるホーエン国王アレクシスとオルレシアン国王チャールズとの関係は、そのまま国同士の友好の絆となり、その両国王を祖父に持つフィリップ王太子殿下は両国の希望であり、ホーエン王国の明るい未来を照らす象徴だった。
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