政略結婚した顔も知らない夫に気づけば溺愛されていたようです~御曹司は甘く攻めて逃がさない~

 祖母を部屋まで送ると、私は事務室に顔を出した。

「近藤ですが、今月分の支払いに来ました」

「少々お待ちくださいね」

 いつものスタッフが、請求書の台帳を手にやってきて領収書を準備する。

「あの、施設代の支払いは終わっていますよね?」

「はい、今月分は確かに」

 確認ができてホッとした。

「すみません、お手数おかけして」

「いえ、こちらはきちっと払ってもらえれば問題ないので……あの、大変ですね」

「まぁ、はい」

 施設のスタッフのねぎらいの言葉に苦笑いを浮かべる。

 私との約束で、施設の料金は父が支払ってくれているが、基本料金から請求が一円でも多いと施設に怒鳴り込むのだ。だからその他の費用については、私が負担している。

 施設側がこちらの状況を理解して、面倒な支払手続きに応じてくれているのはとてもありがたい。

「祖母のこと、よろしくお願いします」

「はい」

 私は頭を下げてから施設を出た。

 あとどれくらい、祖母と過ごせるだろうか。残された時間を思うと胸が締めつけられる思いがした。



 電車に揺られて最寄り駅に到着した。一週間分の食材を調達して家に帰る。

 築十五年の決して新しくはないアパート。五階建て三階のワンルーム、角部屋が私の住処だ。

 大学を卒業してから、ずっとひとりでここに住んでいる。

 駅から歩いて十分ほどでスーパーやコンビニなどが近くにあり、立地には大変満足しているし、家賃もこの辺りでは良心的だ。

「ただいま」

 誰もいない部屋に向かって言っても返事があるわけない。

 いや、実家で暮らしている時も祖母以外は、家族の誰も私に挨拶など返してくれなかった。

 買ってきたものを片付けて、冷蔵庫から取り出したビールを手にソファに座る。

「はぁ、疲れた」

 なにげなくつけたテレビでは温かい家族団らんシーンが流れている。

 私の人生では無縁なものだな。

 過去にそのようなものに憧れた時もあった。両親が揃っていて家に帰れば温かく迎えてもらって、食卓をみんなで囲む。そんな平凡だけれど穏やかな家庭。

 でもそれを完全にあきらめたのは、あの日だ。



 それは三年前、私が大学を卒業する頃。入退院を繰り返していた祖母が施設に入居することが決定した時だ。

「施設代を払ってほしかったら、結婚しろ」

 父が私にそう言い放った。自分の母親を盾に、娘を平然と知らない男性に嫁がせようとするのが私の父だ。

 家族って……こんなものなのかな。

 両親が縁あって結婚して私が生まれた。間違いなく血の繋がりがあるのに私の人生をこんなに軽視するなんて。

「私って本当にお父さんの子なの?」

 これまで何度も聞こうと思って聞けなかった言葉を父にぶつけた。
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