政略結婚した顔も知らない夫に気づけば溺愛されていたようです~御曹司は甘く攻めて逃がさない~
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ここグレースカメリア東京は、二年前に買収したホテルだ。
帰国後はここの一室を拠点として、仕事を行っている。
学生時代に起業をしたのをきっかけに、企業を買収したり、売却したり……その都度興味があってビジネスとして期待できそうな分野でいくつか会社を経営している。
利益だけを追求したり、ひとつのことに縛られたりしたくない俺には、このやり方が合っているのだろう。それなりに満足する働き方ができている。
何年かに一度あるかないかの体調不良。久しぶりにまとまった休みを取った。
その間にたまった仕事を片っ端から片付ける。ここぞとばかりに仕事を山積みにする竹野に少々うんざりしながら仕事を進める。
「それとこちらと、こちらの確認もしておいてください」
「わかった、わかった」
水を飲みながら適当に答える。
「あと、先日お世話になった鈴木さんに個別にお礼をしますか?」
「うっ……ごほごほっ」
水が気管に入ってしまって、盛大に噎せた。
「あなたが女性を部屋に入れるなんて珍しいから、とっさに気をきかせたんです。ボーナス期待していますね」
俺が彼女に対して好意的だということを、竹野はあの短い時間で察知したらしい。悔しいけれどできる秘書だ。
竹野力(ちから)――俺よりふたつ年上の三十二歳。出会いは大学時代、声をかけてきたのは向こうからだった。
どこからか俺が起業していることを聞きつけて、自分を売り込んできたのだ。最初はやんわりと断ったのだが、それ以降もまとわりついてきて気が付けばちゃっかりと俺の右腕におさまっていた。
なんだかんだ言っても、竹野以外と仕事をすることは考えられない。一番信頼している相手である。
「いつからそんなにおせっかいになったんだ?」
軽くにらんだが、どこ吹く風だ。
「秘書なんておせっかいじゃないとできませんよ」
ああ言えばこう言う。だが竹野の言うことは間違っていない。
「しかし彼女、あなたのポーカーフェイスを見抜くなんてなかなかですね」
「そうだな。かなり仕事ができるみたいだ」
ここで暮らしていると、色々なスタッフと接する機会がある。その中でも彼女は特別よく気が付く。
久々に日本で仕事をすることもあって、招待を受けたパーティーには顔を出さないといけなかった。お世話になった人に義理を欠きたくなかった。
とはいえここ最近の忙しさのせいか、体調不良をおしての参加で途中でかなり体調が悪くなった。
幸いパーティー会場は宿泊先と同じホテルだったので、ぎりぎりまで耐えていたのだが、それに気が付いたのが鈴木さんだ。
客室係の彼女が、このようなパーティーを仕切っているのに驚いた。それだけでなくその能力の高さにも驚いた。
「ホスピタリティって彼女の仕事ぶりそのものだな。感心する」
「それだけですか?」
「ん?」
竹野が意図することがわからずに首を傾げた。
「いえ、なんでもありません」
しかし竹野は答えず、意味ありげな視線を向けてくるだけだ。これ以上は面倒だから無視する。
竹野は俺に構わず釘を刺してきた。
「恋愛になりそうなら気を付けてくださいね」
気になっているというのがバレバレで、勘が鋭くて嫌になる。
そして続く言葉も予想できた。
「社長は既婚者なんですから」
言われなくてもわかっているさ。俺自身に妻がいるということは。